新しい文化を生み出し、既存の文化にインストールする街の作り方
【表町商店街コロナインタビュー vol.1】餃子世界 守屋直記さん
表町の商店街の一本裏道に入ったところにある餃子専門店「餃子世界」。「餃子世界」の文字が書かれた大判ののれんに、いつも満席で人の声が漏れ聞こえてくる店内と、素通りはできないお店になっています。以前はスナックだったというその物件で、「餃子」をコンセプトに、街に新たな文化を発信し続けている守屋直記さん。「人に楽しんでもらえるよう、リアルに集まれる場所を」と餃子世界にとどまらず、2019年3月には「アジア市民会館」もスタートさせました。歴史ある表町商店街の中で、新たな文化を発信しつづける思いについて、お話を伺いました。
商店街への興味
守屋さんは、岡山県倉敷市で生まれました。高校卒業後は東京の大学に進学し、もともと興味があった商店街について研究をしていたそうです。卒業後は、民間企業のスピード感や資本力で地元の街づくりに関わりたいと、地元岡山の大手アパレル企業に就職。アパレル企業の社員として、3年に1度開催されている芸術祭の立ち上げや運営、飲食やファッションのイベントに関わってきました。そんなイベントづくりの経験や、岡山で日々を過ごすなかで、自分でも「人を楽しませたい」、「人がリアルに交流できる空間づくりをしたい」と思うようになります。
「食」に人は集まる
岡山での暮らしは、人口や文化の違いもあり、都会に比べて人々が交流できる機会は少ないものです。クラブイベントに行っても、人と人との距離が都会より遠く、コミュニケーションが生まれる可能性も多くはありません。
守屋さんは、会社員時代に、音楽などを専門とするバーなどで音楽イベントを開催しましたが、集客に苦戦。知名度のあるアーティスト無しに、音楽だけで集客をすることが難しいことを痛感します。そこで守屋さんは、「地方でも、もっと多くの場面で、双方向に人々がコミュニケーションを取れる機会を創出できないか。バーやクラブに一緒に行ける仲間に出会える場(飲食店とクラブの架け橋的な役割)が必要なのではないか」と、考えるようになります。
そこで、守屋さんが注目したのが「餃子」でした。同じ皿の餃子を食べて味を共有することや、店主や隣の人との会話、食にはクラブのコミュニケーションとは少し異なった、インタラクティブな交流や、エンターテイメント性があることに気づいたのです。そして、味の種類や調理の手法が豊富で、手軽な価格帯、親しみのある食事がいいのでは、ということで、まずは「餃子」をメインコンテンツとしたプロジェクト「餃子世界」を始めることにします。「商店街で大事なことは、お店が小さくてもいいので、人の盛り上がりや活気をつくること。常に満席状態にすることだと思います。それがさらに人を呼んでくることにつながります。餃子を共通言語として不特定多数の人々が繋がれる、おもしろい場所をつくりたい。飲食店を作ろうとするのではなく、飲食店の営業許可を持っているエンタメスポットを作る感覚です」と守屋さんは言います。
前述した音楽イベントも、DJブースの隣に餃子を包むブース、餃子を焼くブースを組み合わせたことで、多くの人を呼べるイベントに成長しました。そこに集まった人たちは餃子を食べに来たり、出会いを求めにきたり、音楽を聴きに来たりと、目的は様々です。そこから派生して、餃子と合コンを組み合わせた「餃コン」も好評です。こういった経験が、守屋さんの「餃子」というコンセプトを、さらに強いものにしていきました。
「餃子世界」と「アジア市民会館」が存在する理由
2017年9月にアパレル企業を退職後、善は急げとその翌月の10月には表町商店街の路地裏に「餃子世界」をスタートさせます。そして、その2年後の2019年3月には千日前商店街の片隅にアジア料理好きのための集会所「アジア市民会館」をオープンします。
餃子世界は、元スナックということで店舗も小さく、カウンターは10席のみ。照明は少し暗めで、様々なジャンルのセンスの良い音楽が流れています。だからこそ店主とお客さんのone to oneの交流が生まれやすく、一人でもふらっと立ち寄れる、設計になっています。
それに対してアジア市民会館は、エスニックな色合いの壁や蛍光灯、むき出しの設備、雑多に並べられた黄色いプラスチック椅子で店内は仕上げられ、まるでどこかのアジアの大衆食堂に遊びに来たような雰囲気です。グループで来店し、それぞれのテーブルでアジア料理を楽しんだり、時には隣のテーブルと「ちょっと食べてみませんか?」と、そんな交流も起こるような、よい意味で「ゆるい」「都合がいい」コミュニケーションが起こる設計になっています。コミュニケーション設計の異なる2つの店舗には、開店以来、若者に限らず多様な世代の人が集まり、このエリアの新しい文化になりつつあります。
余談ですが、餃子世界の餃子は、開店を決めた後に、ハルビン市出身の中国人の友人から餃子づくりの修行を受けたり、自分が味を信じる中華料理店に通って技を習得したとのこと。そのスピード感も驚きです。
新しい文化を、既存の文化にインストールする
守屋さんの活動は、成功や結果を求める社会では、時には向こう見ずと捉えられることもあります。しかし、そこには守屋さんがこれまで培ってきた哲学があります。
「商店街の中には、ちょっとベクトルを変えたらもっと良くなるのにと思うことがたくさんあります。でも、これまでの商店街の仕組みや、自分の店や従業員を守るために変化することが難しいこともあります。だからこそ、自分が他の人よりも先に、成功や結果が見えないことにチャレンジしてみることが大事だと思う」と守屋さんは言います。
また、これまでの商店街のバリューアップの方法にも疑問を呈します。「よくある商店街のバリューアップのためにワークショップをしてという方法には、全く興味はありません。話して満足してしまう傾向があるので。でも、商店街の周辺や片隅で、自分が尖ったスポットをつくって、そこに人の滞留をつくる。それを見た人が一人、また一人と寄ってきて、その母集団が結果として、商店街にも流れていくというあり方には意味があると思います。それはつまり、新しく作った文化が、既存の文化にインストールされていくというか」と守屋さんは言います。守屋さんの場合、その尖りが「餃子世界」や「アジア市民会館」という新しい文化で、それが少しずつ商店街に染み出しているといるのです。
新型コロナウィルスの拡大を受けて
「餃子世界」と「アジア市民会館」の店舗で、モノを売るのには限界を感じていると、守屋さんは言います。そのため既存のテイクアウト、人数を絞ってのイートインに追加して、スタッフにubereatsのドライバー登録をしてもらう取り組みも始めました。そうすることで、余った時間を有効活用でき、同時にスタッフの労働賃金の確保に繋がるからです。
また、かねてから構想してきたアパレルの販売も開始しました。その独特のデザインに餃子世界のお客さんだけでなく、アパレルデザインに惹かれて購入してくれる人も少しずつ増えているそうです。
今後は、テイクアウトした餃子に、オンライン会議アプリケーションの「ZOOM」のトークルームのIDを付けて、餃子をテイクアウトした日に、餃子を買った人たちがオンラインで出会える仕組みを作ってみたいと。
「自分がやりたいと思ったことしかやっていない」という守屋さんのもとには、様々なジャンルの人が集まってきます。「僕が唯一伝えられることは、大学に行って、そのまま企業に就職してという選択が全てではないということです。実際、僕自身、学歴やこれまでのキャリアに頼らずに、餃子世界を始めました。自分の知見は惜しみなく提供するので、餃子世界に来た人が、「変な奴もいるもんだな、こんな生き方があるのか」と思って、何にかにチャレンジするきっかけになれば」と笑顔で話していました。
表町商店街の路地裏を中心に、新しい文化の発信を続ける守屋さん。文化を作るだけにとどまらず、それを既存の商店街にインストールしていくという発想が、非常に面白く、新しい視点が感じられる取材でした。
守屋直記(もりや なおき)
1990年生まれ、倉敷市出身の29歳。県立天城高校卒業後、早稲田大学理工学部社会環境工学科に進学。その後2013年に株式会社ストライプインターナショナルに入社。マーケティングや広告、様々なイベントに携わる。2017年9月に退職後、翌月10月に岡山市表町2丁目に餃子世界を開業。2019年3月に2店舗目となるアジア市民会館を表町3丁目に開業。2020年1月にネオン看板デザイン事業始動。趣味はサッカー、絵画、DJ等。
[テイクアウトメニュー]
ー餃子世界ー
日式餃子(8個)¥600
北京式焼餃子(8個)¥700
ーアジア市民会館ー
ガパオライス ¥800
魯肉飯 ¥800
生春巻き ¥700