ワンコインで子育てシェア「AsMama」
―ご近所の頼り合い、地域の助け合いから生まれる豊かな暮らし
甲田恵子さん
「AsMama(アズママ)」は、ワンコインで送迎・託児などの子育てをシェアできる「子育てシェアアプリ」です。子育て世帯の人たちが信頼できる友人や知り合いとだけつながり、安心・安全に万全を期した仕組みの中で子育てを頼り合えるこのサービスは、2013年4月に提供をスタートして以来、全国各地で人気を集め、今や6万4千人を超える会員が利用するプラットフォームにまで成長しています。昔ながらの“ご近所同士の頼り合い”をリアルとインターネットの両輪で現代に蘇らせた「子育てシェア」の魅力を探るべく、その産みの親である甲田恵子さん(AsMama代表)にお話を伺いました。
安心してつながり、気兼ねなく子育てを頼り合える喜び
2009年、甲田さんは3歳の娘をもつ母として子育てに奮闘しながら、ベンチャー投資会社で広報・IR部長として仕事にまい進していました。そんな最中、全社員の9割がリストラに遭い、退職を余儀なくされ、職業訓練校に通っていた甲田さんの中にある想いが芽生えます。「助けたり、助けてもらったり、身近な人と頼り合いながら、育児も仕事もやりたいことも、思いどおりに続けていくことができる。本当の幸せや豊かさとは、そんな日々の中にこそあるのでは?」。それはやがて、「子育て世帯の人たちが、身近な人と気兼ねなく頼り合い、安心して子どもを預けられる社会基盤をつくりたい」というミッションに変わり、AsMamaを創業し、子育てシェアが生まれました。ママとして、パパとして、いきいきと生きられる社会。ママのように、パパのようになりたいと子どもたちが思える社会。AsMamaのネーミングには、そんな社会を自分たちの手でつくっていこうという想いが込められています。
子育てシェアは、ご近所の友人・知人としてリアルな場でのお付き合いがあることを前提として、アプリ上でもつながり合う仕組みになっています。アプリ上で「招待」したり、されたりして、お互いがつながるときには、双方の携帯電話の下四桁を入力しなければつながれない認証システムを導入しているので、見知らぬ人と不意につながってしまう心配はありません。
「下の子が熱を出しちゃって、病院に連れて行きたいの。その間、上の子を預かってもらえない?」、「うちでよければ預かるわ」。「急な残業で、塾のお迎えに間に合いそうにないの。お願いできないかしら?」、「OK!何時に迎えに行けばいい?」。子育てシェアでは、ご近所の友人・知人の間で、このような頼り合いが日常的に行われています。頼りたい人は、頼れる人が必要なときにアプリ上でメッセージを発信することができますが、当然ながら、大切な子どもを預ける相手は、顔見知りであれば誰でもいいというわけではありません。その人との親しさの度合いや子どもとの相性、お願いごとの内容によっても、「AさんとBさんには聞けるけど、Cさんにはちょっとお願いしづらいかも…」ということが起きてきます。子育てシェアでは、メッセージを発信する相手をその都度選べるので、知られたくない人には知られることなく、自分が選んだ人にだけ気軽に相談することができます。メッセージを受け取った人にとっても、お願いごとに応えることは義務ではないので、都合がつくなら引き受け、都合がつかないときは「ごめんね。今日は無理だけど、またいつでもどうぞ」と無理なく断ることができます。
日本初。保険が適用された安全な子育てシェア
頼り合いを必要とする子育て世帯の誰もが使えるように、子育てシェアの登録料・手数料は、一切無料となっています。その代わり、送迎や託児をお願いした相手には1回500円程度の「お礼」を直接渡す、またはクレジットカードで支払うことをルールとしています。少額でも感謝の気持ちを表すことで、友人・知人だからこそ生じる気兼ねや遠慮を払拭し、心置きなく頼り合える仕組みが備わっているのです。
特筆すべきは、日本初の仕組みとして、万が一の事故に備えて、すべての支援者に最大5,000万円の損害賠償責任保険が適用されていること。AsMamaの設立以来、現在に至って事故は一つとして起きていませんが、この安全に対する配慮は、やんちゃ盛りの子どもたちを抱えるママたちにとって、かけがえのない安心材料になっています。そして何より、万全を期した安心・安全な仕組みの中で、気兼ねなく子育てを頼り合うことができる子育てシェアは、子どもたちにとっても、“自分がよく知っていて、大切に見守ってくれる大人たちの存在”という最大の安心を与えてくれます。
子育てシェアを多面的にサポートする「ママサポ」の存在
今年2月20日から、子育てシェアでは従来の「送迎や託児のシェア」に加えて、おさがりやおすそ分け、モノの貸し借りができる「モノのシェア」、ごはんやお出かけなどの誘い合いができる「コト(予定)のシェア」という新たなシェア機能が加わり、3段階の「シェア友レベル」が搭載されました。これらは、「いきなり子どもを預けるのはやっぱり不安…」という人たちが、モノやコトのシェアをきっかけに近所の友人・知人と少しずつ交流を深めていくことで、送迎・託児を頼り合える仲になっていくことをめざして考案された機能です。
子育て世帯の中には、「近くに頼り合える友人や知り合いがいない」、「自分から友だちの輪を拡げるのが苦手」という人も少なくありません。そんな人たちが安心して地域の人たちと出会い、頼り合える関係を築いていけるように、AsMamaでは、全国各地で年間2,000回を超える地域交流イベントを開催しています。イベントでは、通称・“ママサポ”として親しまれている「AsMama認定サポーター」にも出会うことができます。ママサポは、AsMama独自の託児研修を受けた地域のコミュニティ・リーダーで、地域の友だちづくりをサポートしたり、地域や子育てに役立つ情報を知らせたり、イベント会場での託児体験の提供などを通じて、その地域の中で“接着剤”となるような役割を担う子育てシェアのサポーターです。保育士や幼稚園教諭の資格保持者も多く、現在は812人(2019年1月現在)のママサポが日本各地で活躍しています。
ママサポが中心となって開催する地域交流会を含め、AsMamaが開催するすべてのイベントには、1歳以上の子どもを対象とした施設賠償責任保険が適用されています。子育てシェアの現場だけでなく、子どもたちが集うイベントでも、万が一の事故に備えて、念には念を入れた配慮がなされているのです。
子育て世帯と企業・自治体をつなぐ「交流の場づくり」
「子育て世帯からは、一切お金をいただかない」ことを運営ポリシーとするAsMamaは、交流会などをメディアとし、教育関連や食品・日用品メーカーなど、生活や子育ての支援をめざす多種多様な企業の宣伝やマーケティングなどに役立てることで収益を得て事業を運営しながら、自治体や集合住宅のコミュニティづくりなどで子育てシェアの無料提供を実現し、「地域共助」の普及に取り組んでいます。
AsMamaの設立当初、甲田さんは子育てシェアの前身である会員制コミュニティサイトを開設し、横浜・東京・名古屋・大阪の4ヶ所で3ヶ月に100回のイベントを実施したり、自ら駅前に立ち、4ヶ月をかけて1000人のママたちの声を集める街頭アンケートを行ったりして、子育てに関するニーズを独自に調べていました。「毛穴から染み込むように、切実な悩みが実感をもって把握できたとともに、子育て世帯には情報が不足しがちという実態を知った」と話します。ママ友の不確かな話をうのみにしていたり、本当に必要な情報を正しく得られていなかったりするケースを多く見てきたことから、ある分野のエキスパートである企業とうまくマッチアップできれば、「ママたちにとってもメリットがあるし、企業の課題解決の支援にもつながるだろう」と甲田さんは考え、実行に移していったのです。
AsMamaのイベントに参加する企業は、何かのサービスや商材を一方的に宣伝するのではなく、参加者の人たちにとって役立つ情報を提供する“講師”のような役割を担っています。例えば、食材宅配サービス会社のバイヤーが、子どもの食に悩むママたちに向けて、「新鮮な野菜の見分け方」を伝授したり、不動産会社の営業マンが、住宅購入を検討している人に「家選びのいろは」を説明したりします。正しい情報を分かりやすく伝えて共有することで、参加者は理解を深められるだけでなく、企業の担当者と打ち解けて仲良くなるケースが多いのだそうです。AsMamaのイベントは「困った時は、この人に聞こう!」という頼りどころを見つけられる場としても、参加者の人たちに重宝されています。
“助け合い=共助”を前提とした住みやすいまちづくりを
AsMamaは、奈良県生駒市をはじめ、秋田県湯沢市、滋賀県大津市、長崎県島原市、さいたま市美園地区などの自治体や集合住宅とパートナーシップを組み、その地域やマンション内の住民同士が頼り合える子育てシェアの仕組みも提供しています。子育てコミュニティと同様に、住民専用のコミュニティをつくり、リアルやオンラインのイベントを通じて親交を深めながら、住民同士のモノ、コト(予定)、託児・送迎のシェアを実現しています。
最近では、日本一面積が小さい自治体として知られる富山県舟橋村から依頼を受け、地域社会づくりに取り組んでいます。約30年前から隣接する富山市のベッドタウンとして住宅地開発が進んだこの村は、1,400人ほどだった人口が2010年には倍を超える3,006人に増えた一方で、近年は転入人口が減少する傾向にあり、このままでは、高齢者のみが増えていく状況に陥るのではないかと懸念されていました。
そこで村は3年前から富山大学の協力も得て、子育て世代の転入や出生率の向上、コミュニティ形成、地方創生の実現をめざして、「子育て共助のまちづくり」にかかわるプロジェクトを始動させました。村の子どもたちが造園業者とタッグを組んで公園づくりを行ったり、村内唯一の保育所「ふなはしこども園」を設立したほか、子育て世代と子育て経験のある中高年者の入居を想定した「子育て支援賃貸住宅」の供用開始を今年10月に予定しています。このような取り組みが進められる中、AsMamaはこれまでの知見を活かして、子育てはもちろんのこと、村の共助コミュニティを多角的にサポートするための仕組みづくりを任されています。
6月16日には、「船橋村×AsMamaプロジェクト」の第一弾として、ランチ交流会と子育てサポーター・コミュニティリーダー研修会が村内で開催されます。ランチ交流会では、参加者と村役場の職員の方たち、甲田さん、ママサポのスタッフを交えて、村での暮らしに関する情報交換が行われる予定です。
自分の半径2km以内にいる人たちが幸せになれば、それはきっとアメーバのように日本じゅうに広がり、困ったときには互いを助け合い、誰もがみな、豊かに生きていける社会になるだろう。当初、甲田さんが思い描いていた夢は、着実に実現しているようです。
「これからは、“助け合い=共助”を前提とした住みやすいまちをいかにつくっていくかを軸としたまちづくりにも積極的に携わっていきたい」。そうにこやかに話す甲田さんに深く共感し、地域の未来に新たな希望の光が灯った取材でした。地域での頼り合い、助け合いがもっと広がっていけば、誰にとっても暮らしやすい豊かな社会が実現することでしょう。みなさんはどのように思いますか。ご意見お寄せください。
甲田 恵子(こうだ けいこ)
株式会社AsMama 代表取締役CEO
1975年大阪府生まれ。フロリダアトランティック大学への留学を経て関西外語大学英米語学科を卒業後、特殊法人環境事業団(現・独立行政法人環境再生保全機構)にて役員秘書と国際協力室を兼任。2000年、ニフティ株式会社に入社し、海外事業の立ち上げに従事。結婚、出産を経て、2005年の復職とともに上場準備室に異動し、IRを担当。2007年、ベンチャーインキュベーターのngi group株式会社に入社し、広報・IR室長を務める。2009年3月に同社を退社。「頼り合えることで一人ひとりがライフステージにかかわらずやりたいことが実現できる社会の仕組みを創ろう」と全国から同志を募り、同年11月に子育て支援・親支援コミュニティ、株式会社As Mamaを設立。著書に『ワンコインの子育てシェアが社会を変える!! ほしい子育て支援は自分たちの手で創り出そう』(合同フォレスト)『子育ては、頼っていいんです!―つくろう!地域のつながり 共育て共育ち白書』(神奈川新聞社)。
AsMama | http://asmama.jp/