「異才発掘プロジェクトROCKET」
―志あるユニークな才能を持つ子どもたちが集まる学びの空間
福本 理恵さん 東京大学先端科学技術研究センターにて
「異才発掘プロジェクトROCKET」は、2014年12月に東京大学先端科学技術研究センターと日本財団の協力のもとに始動した新たな取り組みです。ある特定の分野で驚くほどの興味や知識を持ち、ユニークな才能を持つがために、不登校になっている子どもたち。あるいは、そのユニークさゆえに枠からはみ出して、学校にうまく馴染むことができない子どもたち。そんな彼らの特化した才能をつぶさずに、枠からはみ出したまま、自分らしさを発揮できる学びの空間であるROCKET。そのプロジェクトリーダーを担う福本理恵さんにお話を伺いました。
今、子どもたちに必要なのは「リアリティのある学び」
ROCKETの「K」が「志(kokorozashi)」を表しているように、子どもたち本人が学びたい気持ちを持っていることが、このプロジェクトへの応募条件です。それゆえROCKETには、志あるユニークな才能を持つ子どもたちが全国から集まってきますが、特別な英才教育を行う場でもなければ、今の学校教育システムと矛盾しているものでもありません。枠からはみ出した子どもたちには、彼らの学びの場所と自由な学びのスタイルが必要であり、むしろ公教育との両輪であるべきという考えが、このプロジェクトの根底にはあります。
ROCKETには、教科書もなければ、時間の制限もなく、知識を教える人もいません。どのプログラムに参加するか、何がしたいかは子どもたちが自由に決めていいですし、やりたいことがあれば、自分で申請して実行することもできます。何をやってもかまわないけれど、それをやる理由はとことん自分で考えて決め、やり遂げる責任を自分で持つこと。これが唯一、ROCKETの子どもたちに課せられたルールです。
AIやロボットの技術革新をはじめ、めまぐるしいスピードでイノベーションが起きている時代を生きる子どもたちにとって必要なのは、「リアリティのある学び」だと福本さんは話します。「異才発掘プロジェクトROCKET」では、Diversity(多様性)、Reality(リアリティ)、Development(深掘り)、Resilience(レジリエンス)を軸とした新しい学びへの挑戦として、むしろアナログの世界に子どもたちを連れて行き、テクノロジーでは解決できない問題に切り込んでいく多彩なプログラムを展開しています。
自分で考え、自分で行動し、自分で切り拓いていく
ROCKETの子どもたちが最初に体験するのは、活動ベースで知識や技を学ぶABL(Activity Based Learning)のひとつ、「解剖して食す」というプログラム。ウチワエビやセミエビなどの甲殻類やおぼろ昆布など、どこから手をつけたらよいのか分からないような食材をテーマに、子どもたちは自分で食べることを想定しながら、作り方も盛り付けも自分で決めていきます。
例えば、1期生が取り組んだ食材は、「イカ」。「墨袋を破らずに取り出し、美しく盛りつけたパエリアを作る」というミッションを果たすことができれば、やり方は自由。ただし、レシピもなければ、iPadでの検索も禁止。自分の頭と手だけが頼りです。「ギャー、助けて!」、「もうイヤだ!」と泣き出す子どももいて、試行錯誤を繰り返しますが、自分で考えて作り、盛りつけたパエリアが出来上がった時、子どもたちはみな満足げだったそうです。生理学、生物学、地球環境学など、子どもたちの興味を掻き立てるさまざまな要素が含まれたこのプログラムでは、あるもので工夫して最適解を見つけるだけでなく、“自分が決めたことの責任を持つこと”を料理というリアルな体験を通して学んでいくのです。
ROCKETには、さまざまな特性を持つ子どもたちがいます。そのなかでも、生命科学、社会科学、芸術、数学物理、工学ものづくりなど特定の分野に興味の対象が絞られている子どもたちに向けて、実施しているのがSIG(Specific Interest Group)というプログラム。ここでは、生物好きの子たちが集まる「雪降るまちに熱帯魚はいるか !?」や、数学物理好きのための「カミオカンデで君の知識を試せ!」など、特定の分野に特化して専門家の話を聞いたり、仲間との議論を行いながらプログラムが展開されていきます。現地に何度も足を運び、自分の目で見て観察し、考え、体で感じ、そこにあるリアリティを見つめていく学びの場には、学校ではおよそ得ることのできない知の深さがあります。教科書に書いてあるとおりではない事実や現象を目の当たりにし、その原因や理由を見つけ出していく過程を子どもたちが自分の力で向き合っていくこと。知識はリアリティから自分自身で生み出すもの、そんな知を探求する価値がこれからの時代にはあるのです。
一方、興味の対象が次々と移っていき、一見すると飽きっぽく見えるけれど、実は優れた俯瞰力を持つ子どもたちがいます。彼らは、「北海道の大地で炭焼き窯を再生し、最高の炭を作れ!」や「最高級のおぼろ昆布を作れ!」などのミッションを掲げられた、さまざまな領域のリアリティを体験するPBL(Project Based Learning)という長期にわたるプログラムを通して、異なる領域の共通項を発見したり、各領域をクロスさせながら、それぞれの学びを得ていきます。
リアルな学びの先にある、子どもたちのリアリティ
ROCKETでは、日本の最南端、最北端を目指して旅をする「最果てを目指せ!」やマレーシア、シンガポール、ドイツなど、海外5カ国を巡り、現地で仲間と出会い別れる旅をする「世界の中心を探せ!」といった国内外への研修旅行も毎年行われています。
「旅ほど、予測のつかないものに出会えるものはありません。偶然に起こる出会いとトラブルが、子どもたちの心に感動と葛藤を呼び覚まし、次の行動を生むきっかけになるのです」と福本さんは話します。この研修旅行は、何か答えを出すものではありません。予想もしなかったことが起こる旅の面白さを体感してもらい、また旅に出かけていきたくなる気持ちを掻き立てるとともに、子どもたちに問いかけを残して、自分で考える機会を与えるためのものです。
「トップランナー講義」は、建築家や起業家、アーティストなど、その世界でトップを走る方々と子どもたちが、じかにコミュニケーションを図ることのできる貴重な場です。突き抜けるとはどういうことなのか、トップランナーであるがゆえの喜びや苦悩とは、どんなものなのか。その生の声は孤独な子どもたちの背中を力強く押し、大きなビジョンを描く力となっていきます。ROCKETの子どもたちは、小学校3年生から中学校3年生と多様な年齢で、質問の内容もさまざま。例えば、ロボットについての講義では、「ドラえもんって、本当に実現すると思いますか?」といったものから、「ロボットの三原則に関わるこの機能についてどう思いますか?」と専門的なものまで、自由闊達な質問が飛び交う中、そこにいる誰もが、新しい発見や気づきを得られる場になっているのだそうです。
ROCKETには卒業という概念がなく、5年目を迎えた今では、面談等を経て選ばれた多様な120名のスカラー生がいます。次々と頭の中に湧いてくるファンタジーの物語をもとに、描き始めたイラストの才能が開花して、今では絵本作家として活躍しているスカラー生。劇伴作家になるのが夢で、あれこれ自分で模索しているうちに、ドラマの脚本を書き、それに合わせた音楽を作り、映像の撮影や監督までこなせるようになり、さらには、ウェブサイトも自分で作って作品を発表し続けているスカラー生。枠からはみ出したまま、ユニークな才能を存分に活かして、力強く生きている子どもたちの姿がそこにはありました。
「School of Nippon」という新たな構想
2019年からのROCKETは、地域と教育が深く関わっていくことを目指した「School of Nippon」という新しい構想のもと、“地域を巻き込んだ異才を発掘し育てる場”としてのROCKETに生まれ変わります。これまでのROCKETが、1期生、2期生というように、毎年応募してくる子どもたちの中から、スカラー候補生を選抜していたのに対し、これからは、子どもたちの好きなことを実現できる野外の学び場=「オープンプログラム」を日本各地の地域に作り、その取り組みの中で、ROCKETに参加できる子どもたちを選抜していきます。例えば、日清製粉発祥の地として知られる沼地の多い群馬県館林市では、小麦や沼地をテーマにしたカリキュラムを、というように、ROCKETのオープンプログラムでは、その地域ならではの風土を活かした学びを子どもたちに体験してもらうことを目指しています。
オープンプログラムは具体的に、下記の3つのプログラムに分かれています。
Balloonプログラム「君は研究者になれるか !?」
地域に居住する知識はあるが、頭でっかちな小中学生向けのプログラム。様々な領域の活動を通じて、リアリティある知識の大切さ、それを俯瞰し繋げることの重要性、知識は調べるだけでなく自らの経験から生み出せることを学びます。
Submarineプログラム「好きなことをやり尽くせ!」
地域の特色あるテーマで全国からマニアックな子どもを集めて、さらに突き抜けていくことを応援するプログラム。周りの人が興味を持たないことでも、日本全国、世界を見渡せば多くの仲間がいる。むしろ、多くの人が興味を示さないことだからこそ社会に役立つことを感じてもらいます。
ROCKETプログラム「君はどう生きるか !?」
地域で異才・異能を育てる中高生向けのプログラム。成績優秀で多くの知識を吸収している子どもたちに、受験勉強 vs 今しかできない体験のいずれを選ぶかを問う時間。トップランナーの話を聞き、驚くような活動を体験し、社会課題を議論しながら、多様性理解、行動力、レジリエンスを身につけていく。最終的に残るのは知恵と感動です。
長野県軽井沢では、ROCKETのオープンプログラムに参加することが、学校での“出席扱い”になるという珍しい事例も出てきました。これが突破口となり、新たに動き出した自治体もあるそうです。今後、日本各地の自治体との連携がより活発になれば、オープンプログラムの内容もさらなる広がりを見せることでしょう。福本さんによると、カリキュラムを作る段階では、各地域の学校の先生たちに参加してもらうことを呼びかけているのだそうです。学校だけでなく、学校の外でも学べるアクティブ・ラーニングが日本中で行われるようになったとしたら、子どもたちはより主体的に学び、のびのびと生きていくことができるはずです。その日が実現するのは、そう遠くないのかもしれません。
今、日本では10人に1人の子どもが不登校になっているという実態があります。学校というひとつの社会の枠に収まることができず、はみ出してしまう子どもたちは、行き場のない状況を身でもって表現しているのかもしれません。しかし、誰ひとりとして同じ人間はいないように、彼らもまた、好きなことや興味を抱くこと、夢中になれることもそれぞれに違う、ユニークな存在です。
「異才発掘プロジェクトROCKET」は、そうしたユニークな人材が育つ社会的素地が生まれる場であるだけでなく、多様性や個性を認め合い、子どもも大人も、誰もがみな、いきいきと生きられる豊かな社会を作るための壮大な実験であり、今の社会の仕組みを変えていくための気づきを生み出し、実際に変えていくだけの大きな力を持っている―そんなことを感じて、胸が熱くなった取材でした。人間とは本来、みなユニークなものです。この取り組みが、公教育の中にも活かされていくことを願ってやみません。みなさんはどのように思いますか。ご意見お寄せください。
福本 理恵(ふくもと りえ)
東京大学先端科学技術研究センター 人間支援工学分野 特任教授
異才発掘プロジェクトROCKETプロジェクトリーダー
東京大学先端科学技術研究センターの交流研究員を経て、東京大学大学院博士過程に進学。心のメカニズムを探るべく認知能力(モノの捉え方)についての研究をするも、自身の体調を崩したことをきっかけに、日々の食の重要性を再確認する。「豊かな心は、楽しい食卓から」をモットーに、「種から育てる子ども料理教室」のカリキュラム作成および運営に携わる。2014年より、東京大学先端科学技術研究センターで、農と食から教科を学ぶ「Life Seed Labo」を企画。同年秋より「異才発掘プロジェクトROCKET」のプロジェクトリーダーとしてカリキュラム開発に携わる。
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