自然を取り込んで暮らす 建築と植栽でつくる空間
―ランドスケープアーキテクトの大武一伯さんに聞く
このシリーズでは、専門家への取材を通して、緑と暮らしについて考えていきたいと思います。
私たちは、住宅をつくるときに、外構に植栽を施します。緑は、建物を引き立て、暮らしを豊かにすることを、経験してきました。
また、庭やベランダで草木や花を育てたり、観葉植物や花を生けて部屋に飾ったりと、人はなぜ暮らしに緑を取り入れるのでしょうか。
緑と人が共に暮らすことが、互いにどのような影響を与え合うかを知ることで、自分を取り巻く住環境だけでなく、人と人、人と街のあり方も見直すことができるのではないかと思い、改めて「緑と暮らし」について考えてみることにしました。
今回は、環境デザイン、景観デザインに取り組み、多くの『グッドデザイン賞』などを受賞しているランドスケープアーキテクトの大武一伯さんに、お話を伺いしました。
里山 自然を取り込む暮らし
大武さんに、「人は何故、緑に癒されるのでしょうか」とお聞きすると、日本人は古くから里山を通して、自然と共に暮らしていたことに根源があるのではというお話が出てきました。
「昔から日本人の生活の一部には草木や自然があり、自然と暮らすことに住みやすさを感じてきたところがあると思います。特に里山での暮らしが根源にあるのではないでしょうか。里山は、自然の山の様ですが、実は自然の山ではありません。シイタケを取るためにクヌギを植えたり、花見したいから桜植えたりと、生活のために里山に手を加えて、山の自然を利用しながら、自然と人がWin-Winの関係で暮らしてきました。そういう暮らしの根源が心底にあるのだと思います」。
海外でも、こんなにも自然に手を入れつつ、自然を取込みながら共生している地域は、そう多くないと大武さんは言います。
「日本は木造住宅での暮らしだったから、夏は風を取込み、家の中を風が流れるようにして、涼をとっていました。そういう風を取り込もうとか、中庭を作って緑を取り込もうとか、空気の流れも作って、自然を取り込んで暮らすことに、暮らしやすさを感じていたのが日本人ではないでしょうか」と、大武さん。
「昔の建物には、縁側や中庭を設けていることがよくありました。それは外とつながり、外をとりこみたいという思いからです。マンションでも、植栽を植えたり、緑道を作ったり、水盤を作ったり、風の流れを考えてポーチを作って玄関を横入りにしたり、いかに外を感じられるかを考えています。建物と関わる仕事をしていると、緑とつながって、初めて建物が完成した感じがするんです」。
使い方をイメージする
日本のランドスケープデザイナーの仕事は、海外とは違うことが多いと思います。海外ではランドスケープのデザイン全体の中で、建物の配置や細部を考えます。しかし日本では、建物の配置や設計内容を固めた後に、外構や植栽計画を手がけることが多いので、どうしても緑を盛り込める場所が限られるそうです。
「マンションの外構では、建物と緑が一つになるように考えて、外と中が出来るだけ緩やかにつながるようにしてきました。例えば20年以上前は1階の共用廊下には壁や手摺りがあり、外構や、緑とは分断されていました。それを、共用廊下の壁を取り払って、廊下の幅を広げて、直接中庭に出られる動線を作ったり、廊下のすぐ横に一体となった緑地を作ったりしました。今では当たり前となっていますが、当時は1階の目線が気になると抵抗を感じる人もいたんです」。
それでも完成したマンション住人の評価は高く、今ではスタンダードなデザインになっているそうです。
大武さんは、外構をデザインする時に大切にしていることを、次のように言います。
「住んでいる人がどのようにこの場所を使うか想像することが大切です。例えば、お母さんたちが井戸端会議をしている、その時ベビーカー押しながらしゃべったり、犬の散歩仲間と話したり。海が近い物件の場合は、サーファーがシャワーを浴びた後に集う場所になるのか。そんなふうにマンションの住人像を想像しながら、ここに人が座って、どういう目線で景色を見ながら、どんな会話をするのか考えていますね」。
また、「建物と植栽の関係はもちろん、植栽の後ろに見える外壁や、窓のサッシの色や位置などの見え方も、気になってくるんですよね。その他にも、アプローチにはちゃんと引きが取れているか、引きが取れなくてもクランクインして建物に入れるとか、奥行きが取れているとか。そういうことがないと、居住者がオンオフの切り替えができなくて、家に帰ってきたという実感がしない気がするんです。多くの住民が通るエレベーターホール迄はなるべく洗練された景色が見えるように意識したりもしていますね」。
外構をデザインするときに、どうして窓の位置など細かいところまで建築視点で考えるのか伺うと、
「以前は都市計画や、道や公園のデザインをしたりしていました。その後、今のものづくりに限りなく近い仕事へとキャリアチェンジしました。初めて自分が外構を担当した物件は、デベロッパーや設計事務所の担当者さんたちと一緒になってバーベキューコーナーを作るとか水を流すとか外構や植栽など、計画したことが実際に出来上がる。それがとても新鮮で楽しく、その後も多くの物件を手掛けてきました。そうしていると、早い段階から建築との打ち合わせに参加することが多くなり、建築の意匠や技術的な話を多く聞いているうちに、建築のことを学んでいきました。その結果、マンションの外構を考える時には、サッシの納まりまで気になるようになってしまいましたね」。(笑)
20年以上の経験と、建築とランドスケープの両方を知っていることで出来ることが増え、デベロッパーと協働する時にも『外構と建物を一体にするために、設計変更も伝えるし、建築もこうあって欲しい』と、言えるようになってきたそうです。「植物だけではなく、空間、外構、建物が1つになって欲しい。その方が、絶対に気持ちのいい空間になる」と、大武さんは言います。
マンションと緑
マンションを購入する際に、初めから外構が気に入って購入したという人は、少ないかもしれませんが、住んで数年経つと植栽も育ち、外構や緑に価値が出てきて、評価も上がってきます。それについて大武さんは、「分譲する時に、購入者に外構が響かないのは少し寂しいですが、評価される外構や緑を作り続けることが、デベロッパーの会社イメージにもつながっていくはずだと思っています。この会社の外構や植栽は良いよねと言われたいし、建物と同じく、外構にもそう言われる力がある」と言います。
マンションを造ることで、街に緑を増やし、継続的に緑が成長することで、街の景色は変わります。大武さんは、外構の企画を出すときには、『マンションの外周部には、できるだけ連続する緑を植えました。なぜならマンションの領域を明確にするとともに、街に自然感や潤い感を提供するためです』という文章を、物件毎に必ず書くそうです。「建物は時間と共に劣化していきますが、木々は成長していきますからね」。
「30年後に『この建物は良いね』という物件になるためには、初期投資の場所を間違えてはいけません。経年美化には、外構や植栽が影響することが大きいのです」。
そのためには、敷地配置や空間構成が大事で、外構やエントランスなどの空間の構成に連続性があること。建築と空間が一体になることが大事だと感じるそうです。「空間をうまくコントロールできた物件が、いい物件なのではないでしょうか」と、大武さんは言います。
こういう考えの元で大武さんが手掛けた事例として、フージャースの「デュオヒルズ大府ザ・レジデンス」と「デュオヒルズ大府ザ・マークス」があります。
大武さんの話す「マンションの外周にはなるべく緑を」という思想が取り入れられています。
デュオヒルズ大府ザ・レジデンス
愛知県大府市 2020年8月竣工
デュオヒルズ大府では、植栽を増やしており、マンションの住人でなくても前を通る際に、緑を見て安らげるように、都市の景観も考えられています。
マンションの正面は、道路と建物の間に、スペースが少なく(引きが少ない)道路に接する面の殆どが車路です。それでも残された部分の敷地の両側や隅々まで、緑量のある植栽を施しています。
アプローチから見える敷地の奥にも、多くの緑があることで、道路に面したところに緑が少なくても、通りから見ると奥行きの先に緑が感じられるようにして、街の景観に緑を提供しています。
裏通りに面したマンションの駐車場の出入り口です。裏通りにまで、緑を提供することで、景観が良くなります。
敷地の隅々まで植栽が植えられており、建物の周辺のどこを通っても緑が感じられます。
デュオヒルズ大府ザ・マークス
愛知県大府市 2022年8月竣工
デュオヒルズ大府ザ・マークスでは、3方が道路に面していて、建物を取り囲むように植栽帯を設けています。
道路に面した駐車場では、駐車スペースの間や周りを植栽で囲み、敷地外周の緑が途切れない工夫をしています。
アプローチは、豊かな植栽に囲まれた通路がエントランスへと続き、建物の中と外を緩やかにつないでいます。毎日の暮らしの中で豊かな緑を感じられる空間となっています。
人が歩くところだけでなく、車寄せも緑を感じる空間としました。建物裏の駐車場にも、多くの植栽が植えられており、どこを見ても緑が感じられるデザインとなっています。
歩道のない道路に面して、緑道を設けました。誰でも利用できる緑の小道は、四季を感じられる空間となり、街の景観にもなります。
中庭に面したラウンジは、居心地のよい空間となっています。また、中庭は眺めるだけでなく、エレベーターホールに向かう際にラウンジのガラスの向こう側を歩くので、自然と視線にも入ります。ここも日常的に緑を感じられるように、敷地配置、共用部のレイアウトに工夫をしたことでできた、見る中庭、そして歩く中庭となっています。
大府の2件のマンションで実現したように、植栽が多く感じる空間構成や、建物の中と外を緩やかにつなぐ空間を多く作ることで、緑豊かな通りを作りだしています。これらの木々が、時間と共に成長し、行き届いた管理の元、美しい景観となれば、建物と一体となり、一層価値が出てきます。
また植栽帯に設けた足元のライトは、夜景を演出するだけではなく、通りを明るくし、安心感につながります。
建築と一緒に造る
大武さんは、建物と外構が一体となるものを作るためには、早い段階から建築と関わることが大事だと言います。
「建物を建てて余った部分に植栽を植えて終わりになりがちな仕事だけど、もっと魅力的な物件にするためには、外と中が緩やかに繋がる空間を作ることが必要です。だから、外構であっても建築視点で考えて、デベロッパーには意見を言います。例えば、敷地内入って、エレベーターホールにたどり着くまでの景色、奥行きが出てドラマチックになるようにしたい。その景色を作るためには外構や植栽が必要です。そのためには意見を出し合って議論もします。これは建築の知識を持って、プロジェクトの早い段階から関われているから出来ることです。」
そして建築担当と一緒に、畑に植栽を見に行くことも重要だと言います。
「畑に行くと、『あの場所にはこの子』と思える木に出会えます。それがとても楽しいんですよね。彼ら木々にとっては、伸び伸びと山で暮らしているのに、街中の狭いスペースに植えられてうれしくないだろうけど、『もっと多くの人に見られて君の良さが引き立つんだよ』と思いながら植えていますよ」と、大武さんの優しさがにじみ出ています。
「フージャースの建築担当は、必ず一緒に畑に来ますよね。1本1本、ちゃんと自分の目で木々を見て、どこに何を植えるかイメージして選ぶことを学んでいます。たまに『あの場所に植える木を選んでいいよ』と言うと、一緒に畑に行くことを続けてきたことで目が肥えてきたこともあり、良い木を選べるようになってきたなと思うことがあります」と、うれしいお言葉を頂きました。
予算の中でいい木々を選べるようになるには、相当目利きが必要で、植木屋さんと対等に会話ができるようになるには時間もかかることですが、それでも「建物だけでなく外構も、植栽も建築担当と一緒に考えて、緑豊かなマンションを造っていきたいですね」と、大武さんは言ってくださいます。
今後やってみたい事
外構の緑も大切だが、今後は地上階だけでは無い共用部での緑も考えていきたいと、大武さんは言います。
「外構の緑は、低層階からはよく見えて、身近に感じられますが、本当はどこからでも緑が見えるとさらに気持ちがいい。外構や中庭だけでなく、例えば、二階三階の共用廊下の先に緑を植えたり、バルコニーに緑があったり、中高層階でも緑を感じられると気持ちいいはずです」。
廊下、バルコニー、屋上などの緑化は、維持管理や構造的にも問題は多いですが、今後は考えないといけない課題です。
ランドスケープは将来的にお客様の価値につながるし、今後そういうものが価値として評価されるようになっていって欲しいと、大武さんは思っています。そのためには、「地上以外の緑化には、管理や構造など様々な問題があります。問題がクリアできても、お客様がその問題を理解したうえで賛同してもらえるように、提供する側にも正しく伝えていく責任があります。今まで外構を売りにしたり、丁寧に説明したりすることはあまりなかったかもしれないし、お客様も何年か住まないと、その良さに気づかなかったかもしれない。価値観も多様になってきているので、丁寧に説明することは大事だし、それがフージャースの強みになって欲しい」と、大武さんは私たちに言ってくださいました。
今後は大きな敷地の中で、複数の低層の建物があり、建物と建物の間にも植栽があって、どこからでも緑を感じられる、大武さんが生まれたころに多く建設されていた団地のようなものがあれば、手掛けてみたいそうです。
「団地は、棟と棟の間隔もあり、緑も多く贅沢に空間を使っています。今後はあんな贅沢な環境の建物は作れないでしょうけど。団地を建て替えるにしても、敷地配置を活かして、今どきの暮らしができるように工夫できたら、とても贅沢だと思う。高層マンションになったら、ぼくは住みたいと思わないな」と、大武さん。
「4階・5階建てぐらいが、人にはちょうどいいと思うんです。夕立が降り始めるときの土匂いも、高層階では感じられないと思う。フローリングが汚れても、エアコンではなく自然の風を家の中に通したい。それは、最初に話した自然と一緒にいたいからなんだろうな」。
「今日は暑い寒い、風がどっちから吹いているとか、自然を感じながら暮らせることは、とても贅沢なことだと、最近思うようになってきました。こういう感覚は、持って生まれたものなのだろうか。それとも世代によるものかもしれないが、そういうものを、今の子どもたちにも経験させてあげたい。たとえ経験がなくても、この景色なんとなく懐かしいと感じる感性はもっているはず。それは自然を感じる世界に生きているからで、緑を見るとほっとするとか、庭の水盤にトンボが止まると良いなと感じるとか、そういうことにつながっているのではないかな」と、大武さんは言います。
取材を終えて
大武さんのお話を聞いて、外構はそれだけで成り立つものではなく、建物と一体に作りこんでいくことの大切さを、改めて感じました。また外構は、建物と敷地の外を緩やかにつなぐ空間で、その空間は、住んでいる人にとっても、景観を共有するという点では街の人にとっても、大事であることを再確認しました。
そのためにも、プロジェクトの早い段階から、街の景観に寄与する外構計画を考えることが重要であり、そういった物件を提供し続けていきたいと思います。
そして今後は、建物と外構は一体であり、外と中を緩やかにつなぐ空間があることの贅沢さやこだわりを、パースでイメージを伝えるだけではなく、その付加価値も正しくお客様に伝えていく必要があると思いました。
フージャースでは、引き続き、「緑と人が共に暮らすことが、住環境だけでなく、人と人、人と街のあり方も見直すことができるのではないか」、ということについて考えを深めていきます。
プロフィール
大武 一伯 (おおたけかずみち)
株式会社いろ葉Design 代表取締役/ランドスケープアーキテクト HP
1968年生まれ、神奈川県出身。東京農業大学造園学科卒業
1991年タウンスケープ研究所入社。環境デザイン、景観デザインに取り組み「グッドデザイン賞」等を受賞。
2012年いろ葉Designを設立。水や緑につつまれた住宅スタイルの実現をめざしている。