余白を楽しむ暮らし「朱(あか)い床の家」

ソロライフの家 取材記事 Vol.2

ソロライフの家 一人で戸建を楽しむ暮らし」(2021年9月17日掲載)では、テレワークが進み住む場所の選択肢も増えていることから、今後は都心部から郊外まで広いエリアで、1人の時間を大切にし、趣味も楽しめる「ソロライフの家」というニーズが増えてくるのではないか、という記事を書きました。
前回紹介したM.Kさんのお宅は、使わないものは全て収納されていて、人を招くことにこだわった27畳の広いリビングのある住宅でした。

今回紹介するのは、神奈川県逗子市の高台にあるH.Kさん(以下、Kさん)のお宅です。
趣味のDIYが高じて、自分でDIYできる戸建てを求めていたKさん。玄関の扉を開けると、Kさんが時間をかけて作り上げた、どこか懐かしく、ほっとする空間が出迎えてくれます。学生時代からゆっくりと集めてきた家具や小物は勿論、床や階段、建具など全てに想いが詰まっています。
Kさんは、都内で広告のクリエイティブディレクターをしています。以前は逗子から通勤していましたが、コロナをきっかけに在宅で仕事をするようになりました。趣味は学生時代から続けているDIYで、今回の取材でも、そのこだわりをたくさんお話しいただきました。その他にも岩登りやお茶、最近はガーデニングもするというKさんは、この家で黒猫と暮らす時間を楽しんでいます。

DIYできる箱を求めて

学生時代からDIYやインテリアが好きだったKさん。大学3年生の時に一人暮らしを始めたことをきっかけにDIYにのめり込んでいきます。そして、もっと自由に家づくりがしたいと、32才で世田谷の中古マンションを購入。自分で食器棚を作ったり、アメリカの小学校の古いドアを引き戸に使ったりとフルリノベーションした住まいを非常に気に入っていたそうです。ところが、度重なる管理組合内での意見の相違に疲れ、引っ越しを決意します。

都内で中古マンションを探すも、どの部屋も同じような間取りで満足がいかず、中古戸建てを探すことに切り替えます。
「戸建てには様々なリスクがあることもわかっていました。それでも自分で責任を持てるし、集合住宅ならではのストレスも無くなるので平気でした」。

最初は、東京の西側で中古戸建てを探していましたが、なかなか良い物件には出会えませんでした。偶然見つけた鎌倉の物件がどうしても気になり見学に行った際に、JRの湘南新宿新ラインを使えば、都心から鎌倉まで1時間ほどで行けることを知ります。
「これなら通勤できるかも!と思って、鎌倉周辺に住み替えようかなと中古の売買物件を探しながらマンションを売りに出したら、想像よりスピーディに売れてしまい、慌ててすぐ住める賃貸を探したんですよ」。うれしい誤算に合い、北鎌倉に住みながら、2年ほど鎌倉と都内で自宅を、探す範囲を長野にも広げてセカンドハウスを視野に入れた家探しを始めます。

北鎌倉の古い戸建ては、冬は隙間風でとても寒く凍えるほどだったそう。鎌倉を拠点に家探しをしていくうちに、Kさんの家探しの条件は、日当たりがいい家、猫が飼えること、お風呂に窓があること、窓からの眺めがいいことと固まっていきました
「どこに住んでも、自分でリノベーションするので、眺望が良くて安い山の上の中古戸建てばかりを見ていたんです。住まい探しは、自分でDIYをするための箱探しでした」と、家探しの目的は明確に決まっていました。
鎌倉周辺で気に入った物件を見つけるも、「眺望優先のボロ物件ばかり見ていたので、住むには基礎工事だけで2000万円も必要な物件や、午後には全く日が当たらなくなる物件などで、どれも断念したんです」。

スケルトンハウスという箱に思いを詰め込む

あるとき逗子で出会った物件は、急な坂の途中に建つ平屋の戸建てでした。広告には海が見えるとは謳っていないものの、2階建てにすれば海が見えることがわかり、平屋を壊して2階建ての家を建てることにします。家づくりを依頼したのは鎌倉のビルダー「エンジョイワークス一級建築士事務所(以下、エンジョイワークス)」。24坪のスケルトンハウス(内装を施さず、家の骨格となる部分だけを建築した家)でした。
戸建て住宅を建てて叶えたかったことを伺うと、「猫もいるので、家は暖かい環境にしたかったんです。エンジョイワークスの家は全館空調なので、とても暖かいんですよ。楽しみながらできる範囲の壁・床の塗装や、造作棚や家具のDIYをしたかったので、スケルトンというのがちょうど良くて。自分ではできない水回りや電気工事、壁〜天井の吹き付け塗装や床張りなどはプロにお任せして、最後は私が手を掛けて家を完成させたいんです」。

実際に家づくりが始まると、エンジョイワークスの「家づくりノート」というツールを使って24坪の間取りを何パターンも考えます。前々から「次に家づくりするときは内装をお願いしたいな」と思っていた「株式会社フィールドガレージ」にもアドバイスをもらいつつ、階段の位置にこだわった最もいい間取りを作っていきました。

Kさんが考えたプランの一例

ようやく完成した間取りは、室内の真ん中に吹き抜けと階段があり、階段横の壁には1階から2階まで続く一面の本棚、階段を上がると吹き抜けを挟んで右にキッチン、左にリビングが開けています。2階の空間には壁や柱がなく、全空間が見渡せます。室内には大きな窓が多く、部屋のどこからでも外が見える開放的な家になりました。

「寝室やクロゼット、バストイレは1階に設けたかったので、必然的に2階がキッチンとリビングになりました。西向きの窓からは遠くに海が見えます。海を見るために窓の位置を決めて、遮るものを作りたくなかったので窓の前、部屋の真ん中が階段になりました。そのため敷地に対しても少し斜めに配置した家になったのです。斜めにしたことで、駐車場のスペースも作れました」。Kさんは車を持っていませんが、将来の転売を考えてのことだそうです。

「女性が家を買う時、気になるのはローンですよね。私はリノベーション+DIYで自分の好きなように改装したいと思っていたので、元々安い物件を探していました。ローンの返済は月に8.5万円と、家賃程度に収めました。本当は寝室と廊下の間に室内窓を設置したかったのですが、それは予算の問題で諦めました」。今となっては、窓がないのも良かったと、思うそうです。

・玄関

無垢材の風合いを感じる、どこか懐かしく、心温まる雰囲気に包まれた玄関。

・リビング

雑貨屋さんのようなリビング。モノが露出していても、それぞれモノの居場所がきちんと決まっており、雑然としている様で、そこには温かみや優しさを感じます。見せる収納が活かされた美しい空間です。

フランスの雑貨「Tsé&Tsé associées」のデザイナーの自宅の朱い床に憧れ、以前の自宅も、それを真似て床を朱く塗装をしたそう。「最初は流石に勇気がいりましたが、この家では2回目なので確信を持って床を朱く塗りました」。Kさんのお宅では、リビングの朱、パントリーの濃紺、バスルームの白、黄色の引き戸と要所要所に鮮やかな色が使われていて、視覚的に変化を与え、空間を引き締めています。

・キッチン

キッチンの作り付けの収納は、吊戸棚だけ。カウンターは時間を掛けて古道具屋で見つけたもの。壁に取り付けた棚は、使いながら高さを見つつ、使いやすいように外して付け直すことも。

キッチンの収納はフルオープンでも、調理器具たちがきちんと自分の居場所に並んでいます。

Kさんにとって近年最も大変だったというDIYは、古道具屋で見つけた棚の引き出しにソフトクローズのレールを取り付けたこと。引き出しの横に溝を彫り込むのに、時間と技が必要だったそう。

・パントリー

パントリーの中には食品のストックから、DIYで出た端材までが、きれいに収納されています。

パントリーの入り口の濃紺の壁は、Kさんが塗装したもの。壁に付いている鳥の巣をイメージしたオブジェの扉を開くと、中にはインターホンが。機械的なものは全て見えないように、隠されています。

・ワークスペース

始めは積極的に使うつもりのなかったワークスペースも、コロナ禍では大活躍。以前は1時間45分ほどかけて通勤していたが、今は月に1度程度の出勤。

全館空調は、ダクトを伝って床下や屋根裏に暖気や冷気がめぐり、冬は暖かくて猫と暮らすには快適。エアコンが室内に無いため、室内の景色を邪魔しません。

・階段

階段を部屋の真ん中に配置したことで、吹き抜けができ、開放的な空間に。階段正面の壁は大谷石。大谷石の魅力に惹かれ、家のいたるところに使われています。壁にはぎっしりと本、本、本、本。一つ一つの背表紙を読むだけで時間を忘れそうです。

階段の板や1階の床は、工事現場の足場板の古材です。古い傷や塗装の後がとてもいい雰囲気を出すとか。階段の踏み板は、わざわざ防腐剤や割れ止めの残る木口部分が見えるように設置しています。

・扉

右の扉は、昔アメリカの小学校で使われていたドアを譲り受けたもので、前のマンションから引き続き使っています。扉の塗装をはがそうとサンダーと剥離剤で剥がそうと試みるも全くはかどらず断念。途中であきらめた結果、緑や黄色やオレンジなど、昔重ねて塗られていた塗装が浮き彫りになっています。これもおしゃれと、そのまま使うことを決めた思い出のある扉です。家中の扉が、全て違う顔をしていて、まるでおとぎ話に出てくる家の様です。

・洗面所

洗面所のタイルや壁のライトもKさんのセレクト。壁に取り付けたグレーの小物入れの箱も、市販の箱に扉を付けて、ペイントすることで、アンティークの雰囲気を出しています。

トイレの左奥にはクロゼット。洗面所で身だしなみが全て整います。

・浴室

大きな窓から空を見ながら入浴ができる浴室とシャワーブース。洗面所と同じタイルが貼られています。窓の外の目隠しもKさんの手作り。

・寝室

1階の寝室からも階段と本が見え、窓からはテラス越しに光が差し込みます。廊下との間には窓を設ける計画でしたが、予算の関係で断念。ガラスがないことで、解放感があり、猫も乗り越えて出入りできるとか。

寝室の扉は、一からご自身で作ったもの。木が反り返るのをロープで縛って整えたり、右下には写真フレームを使って猫用の出入り口を作ったりと力作です。

・土間

玄関脇の土間には、岩登りやDIYの道具が所狭しと収納されています。

トイレの横から外に出た庭は、洗い出しによって小さな石が床に敷き詰められていて、DIYの作業場にもなっています。

お気に入りのモノに囲まれて暮らす。パワーの源はDIY

この空間に住むことで得られたことは何か伺うと、「ソファーからの海の眺めや大きな窓からの景色と、お気に入りのモノに囲まれて心が癒されること。2階のテーブルに座っていると、海も家の中も一望できて、ここがお気に入りの場所なんです。こんなに窓が大きくても、日当たりの良さと断熱性能が高いので寒くないんですよ」と、とても嬉しそうでした。部屋にある全てのモノに思い入れがあり、そのモノが選ばれた理由がはっきりとしていて、モノの存在が安らぎを与えるこの空間は、Kさんの分身のようになっていると感じました。

10年後の暮らしを伺うと、「10年後はわからないけど、10年間楽しく住むことだけを考えればいいかな。一生住む家と考えて購入すると、あれもこれもと考えてしまいがち。でも、購入当時にできなかったことは、DIYで作ればいいと思っているので気が楽です。寝室の室内窓にガラスは入っていないし、リビングの壁も白いままだし、他にもやり残している箇所があるので、暫くは楽しむつもりです。この家でDIY出来ることがなくなれば、また次の箱が欲しくなるのかもしれないですね」と、家づくりに魅せられたKさんは、そこに時間とエネルギーを注ぐことが楽しくて仕方ない様子でした。

取材を終えて

私たちは、趣味を楽しむためにソロライフの戸建てという選択があるのではないかと考えています。Kさんの場合は、「趣味は家づくり。家はDIYのための箱」という点で、究極の趣味を叶えるのがスケルトンの戸建てだったと感じました。
Kさんの自宅は、一歩そこに足を踏み入れるとKさんの気配がしっかりと感じられます。その雰囲気を作り出す筆頭は、Kさんを取り巻くさまざまな空間です。開放的な空間、明るい空間、落ち着いた空間、狭い空間、大谷石の空間、海の見える空間・・・。そしてその空間に、雑貨、小物、玩具、什器、骨董、書物、観葉植物が慎重に選ばれて無造作に置かれています。そして、それは室内だけでなく、家の外にも静かな波紋のように広がっていって、Kさんの気配を作り出しています。これは間取りの自由度が高い、スケルトンの戸建てを選び、ご自身で家を完成させたいという思いがあるからできたことではないでしょうか。

既製品の分譲戸建てでは心が動かず、自分のだけの住まいを作ってみたいと思う人は、昔から一定数います。そして、ライフスタイルが多様化している今、その流れは加速しているように感じます。しかし予算や立地条件がネックとなって、それを叶えることが難しいこともあります。そういった人に向けて、建売住宅でも、住まう人が簡単に手を加えられるような、余白のある家ができないものかと考えています。家がお気に入りの空間になれば、そこで過ごす時間は、居心地のいいものになるはずです。
家づくりとまではいかなくても、時間のある時に、モノの居場所を決めて整える収納を心がけるだけでも、日々快適に過ごせるのではないでしょうか。