箸の歴史
私たちの「欲しかった暮らしラボ」では、ここ数回に渡ってキッチンの研究を進めています。今回はそこから派生して、毎日、料理や食事で使うお箸について考えてみたいと思います。
私たちは、食事の時には、スプーンやフォークは家族共用で使うのに、箸だけは「自分用」を決めて使っています。なぜでしょうか。
箸の歴史は古く、3000年以上前の中国から始まります。人々が火を用いて調理をするようになって、熱い食べ物を取るために木の枝を折って使ったり、木の枝を削って使ったりしたことから始まったそうです。
日本での箸の文化がいつ頃始まったのからは、諸説あり定かではありませんが、3世紀頃に編纂された『魏志倭人伝』では、日本人が手づかみで食事をしていた記述があり、その後の『古事記』や『日本書紀』の中でお箸に触れていることから、飛鳥時代や奈良時代には箸が使われるようになっていたのではと推測されます。
日本で最初に箸を使うというルールを採用したのは聖徳太子だったと言われており、小野妹子を隋に派遣した際に持ち帰ったのが、「箸を使って食事をする」という作法だったそうです。
聖徳太子は、隋の使者を日本でもてなす際に中国の食事の作法を真似て、初めて箸を使ったとされています。この頃は、箸はまだまだ上流階級の文化でしたが、その後、奈良時代になると庶民の間でも箸食が普及し、日本の食事は手づかみで食事をする「手食」から「箸食」へと変化していきました。
また、江戸時代後期には外食産業も発達し、日本人独自の衛生観念から、他人とお箸を共有するのではなく、その都度使い捨てる「割り箸」も誕生しています。
世界の食事のスタイルは、「箸食」、「ナイフ・フォーク・スプーンのカトラリー食」、「手食」の3つに大きくは分類されます。このうち、箸食の文化を持つのは中国・朝鮮・台湾・韓国・ベトナム・日本などで約28%を占めます。そのうち、箸のみを使って食事の作法が確立されているのは、日本だけです。
なぜそれが可能だったかというと、私たちの食生活が米や魚が中心だったこともありますが、箸には、「つまむ、挟む、押さえる、救う、割く、載せる、剥がす、ほぐす、包む、切る、運ぶ、混ぜる」といった12もの機能があるからです。このことから、箸は指先や手の延長線であり、私たちの体の一部であると言えるかもしれません。日本人の衛生観念はもちろんですが、他人に自分の箸を使われるのを嫌がるのは、こういった日本人の箸への捉え方もありそうです。
箸を使うという行為は、その長い歴史の中で日本人独特の美意識や礼儀作法を育んできました。
箸が使えるようになるために、小さい頃、訓練をしたという人も多いかと思います。今では箸を使えるように補助器具を使う家庭も多いそうですが、大豆を一粒ずつ箸でつまみ、別のお皿にうつしかえるという光景に懐かしさを覚える人もいるのではないでしょうか。
食べ方ひとつとっても、先の細い箸で1つひとつきちんとつまみ、食感を確かめながら食べると、料理の味わいも変わってきます。また、太い箸を選ぶと、かき込むような食べ方になってしまったり、自分の一咫半(ひとあたはん。親指の先から人差し指の先までを測った長さを1.5倍した最適な箸の長さのこと)よりも長い箸を選ぶと、指先の力と合わず、箸が滑ってしまうということもあります。その人や食べるものに合わせて、最適な箸を選ぶことも、箸を使う上では大切です。
「箸にはじまり箸に終わる」ということわざを聞いたことがありますか?武道の世界では、礼に始まり礼に終わると言われるように、食事の世界でも箸使いが最も大切である、ということわざです。これを機に、今一度自分が使っている箸を見直すのはもちろんのこと、丁寧に箸を使って食べること、調理をすることを意識してもいいかもしれません。いつもの食事の味わいが、また一段と深くなります。