小さなキッチンvs大きなキッチン

以前「暮らしの舞台装置としてのキッチン」（2019年4月5日配信）と題して、最近のオープンキッチンの流行の背景について少し書いてみました。

キッチンは料理をするという機能だけでなく、あこがれの暮らし像を表現する装置です。現代は、スマートフォンによって誰かと常時接続している社会で、人から「見られる」と人に「見せる」という行為を行き来するのが、我々の日常になっています。その時、キッチンは自分を演出する格好の舞台装置なのです。友達とパーティをしている私、子どもと料理をしている私、手の込んだ料理をしている私、本当の自分よりもちょっと違った理想の私を演出しているかもしれません。
しかし一方で、本当の自分の暮らしの方に目を向けた時、キッチンはあなたにとってどのようなものでしょうか。

今回は、小さなキッチンと料理について考えてみようと思います。キッチンを考える時には、どうしても料理のことを考えざるを得ません。
最近注目しているスープ作家の有賀薫さんの「ミングル」※１という小さなキッチンを自宅に作った時の話を読んで思ったことがあります。たしかに私たちは、大きなキッチンで手の込んだ料理をすることに憧れます。しかし実際の暮らしでは、そんなに複雑な料理はしないのも現実です。有賀さんのレシピは、最小限の素材を最小限の調味料で、野菜の味を楽しむためのもので、誰にでも簡単に作れるものばかりです。そのレシピには素材を火に入れるタイミング、塩の量、水の量などが正確に記されています。思った以上に少ない塩の量に、「この量で平気なのか」と驚かされます。しかしこの少ない調味料というのも、おいしい料理とは何かを考えるための重要なヒントです。味を足していくのでなく、引いていく。実はキッチンの計画においても同じことがいえて、小さなキッチンを考えることで、どこまでミニマムなキッチンで料理ができるのか、またそこでできる料理とはどのようなものかを考える、という話が有賀さんの話には書かれていました。どうも私たちは、足りないものを満足させていくという形で問題を解決しがちです。その結果、キッチンは大きくなっていくのです。しかし発想をかえて、あるものでいかに豊かな日常を暮らしていくのか、そう考えるときに、そこに様々な知恵や工夫が生まれてくるように思うのです。

暮らしというのは、誰もが同じ暮らしをしているわけではありません。たとえば食事をするのでも、テレビを見ながらの人もいるでしょう。好きな音楽を聴きながらという人もいるでしょう。家族と一緒に話をしながら。お酒を飲みながら。お酒もワイン、日本酒、焼酎と様々です。夫婦2人の時や、子どもが生まれてから独立するまでの、成長の段階も様々です。高齢になってからは、また夫婦2人に戻って、または1人という人もいるでしょう。それぞれの人に、それぞれの暮らしがあるのです。こうした様々な暮らしを想定して、どのような状況にも合うキッチンを考え出すと、やはり何かが足りないと思いがちです。しかし小さなキッチンは、初めから足りないことを前提に考えていくことが大切です。そこにこそ豊かな日常を考えるヒントがあるのだと思います。そして、どうしても足りない時には、その時だけ何かを足していけばいいのです。自分の暮らしを能動的に考えていくこと、この基本の姿勢に気づかされていくように思います。

家にある素材で、簡単なものをつくる。それでいておいしい。そういう暮らし方がとても豊かだと思うのです。おいしいものをたべるのでなく、あるものをおいしく食べる。そのあたりに我々の暮らしへの知恵があるのではないでしょうか。いかがでしょうか。足すよりも引いていく、大きいより小さいこと、みなさんの考えをお寄せください。

有賀薫さんのスープのレシピはcakesからチェックが可能です。ぜひ、一度ご覧ください。https://cakes.mu/series/3722

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