ミズベリング、日本愛妻家協会、
東京カンパイ自動車道

-好奇心を発動させるソーシャルムーブメントの仕掛人
山名 清隆さん

株式会社スコップ 代表取締役社長の山名さん

水辺空間のありかたを自分ごとにする人々を応援するソーシャルデザインプロジェクト「ミズベリング・プロジェクト」をはじめ、愛妻家の聖地として知られる群馬県嬬恋村の「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ(通称:キャベチュー)」、褒めて首都高の事故を減らす「東京スマートドライバー計画」など、次々と新しいムーブメントを生み出し、社会の中にうねりを起こしてきたソーシャルコンテンツプロデューサーの山名清隆さん。人々がワクワクして参加せずにはいられない“コト”をどのようにデザインし、世の中にどう届けているのか。多彩な活動の本質に迫るべくお話を伺いました。

水辺の可能性を創造する「ミズベリングプロジェクト」

ミズベリングとは、「水辺(ミズベ)+リング(輪)」に現在進行系のINGとR(リノベーション)をかけ合わせた造語です。 “たった一人のアイデアや、みんなの情熱や底力が集まれば、きっと日本の水辺は世界がうらやむ楽しくて素敵なまちになるはずだ”ーー2014年春にスタートしたミズベリングプロジェクトは、水辺の未来を考える市民、企業、行政が三位一体となって、水辺の新しい活用の可能性を創造していくソーシャルプロジェクトです。

かつて日本の河川は、水害から地域や市民生活を守るために、国や都道府県ごとに整備され厳しく管理されていました。しかし、水害対策の取り組みが進められるとともに、水辺の美しいまちづくりを目指して規制緩和が進んだ今、全国の水辺では市民や民間の力を活かそうという活発な動きが起きています。ミズベリングプロジェクトは、そんな地域の住民や企業、河川管理者などの行政をつなぐ場であり、水辺を有効活用するためのアイデアを創り出す場。発足から5年目を迎えた今、このプロジェクトを起点に、水辺のアウトドア・ラウンジやカフェテラス、川床、護岸アートギャラリーなど、水辺を活用したユニークな活動が全国各地で自発的に起きています。

プロジェクトの発端は、国土交通省が推進する「水辺とまちの未来創造プロジェクト」の一環として実施された「水辺とまちのソーシャルデザイン懇親会」。山名さんは依頼を受けた際、世界から注目されるような、美しく品格のある水辺空間を創るためには、「市民や企業を巻き込むソーシャルデザイン」によって人々の対話を促すことが極めて重要だと考えました。その当時、ソーシャルデザインはなじみの薄い言葉でしたが、今では国土交通白書にも掲載され、より良い社会づくりのためには欠かせない重要なキーワードになっています。

毎年7月7日の午後7時7分に日本全国の水辺に集まり、全国一斉同時乾杯する「水辺で乾杯」は、ミズベリングプロジェクトの恒例イベント。「何もない水辺でも、人がいればそれだけで新しい風景が生まれる。風景をつくることから始めたらどうだろう?」という山名さんの発案で5年前にスタートしたこのイベントは、約30ヶ所での開催から始まり、現在は全国300ヶ所に15,000人以上の水辺ファンが集まる一大ムーブメントになっています。「身近な水辺に集まり、その風景にただ身をゆだね、いつもと違う時間を過ごすことで、新たな発見や想像が生まれ、地域の水辺で何か新しいことをするきっかけづくりの場にもなっている」と山名さんは話します。昨年は各地で豪雨が発生し、「水辺が心配」となる状況もあったため、今年は、「パーソナル気候変動対応力プログラム」として各地域の天気に合わせて開催することを呼びかけ、7月5日(金)~8日(月)の午後7時7時と開催日程にも幅をもたせています。

2015年7月7日に行われた第一回水辺で乾杯には、全国123か所3685人の人が参加した。
出典: ミズベリングビジョンブック

2018年度のグッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)を受賞したミズベリングプロジェクト。水辺を想い、水辺の未来を創ろうとする人々の輪は、今も全国各地で広がり続けています。

「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ」という壮大な社会実験

山名さんの原点ともいえるのが、通称・キャベチューこと、「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ」で知られる日本愛妻家協会の活動です。「一生懸命に働いてお金を稼いでいれば、妻も自分も幸せなはず」と信じて仕事にまい進していた山名さんは、2002年に前妻と離婚しました。その後、今の奥さんと出会い、2度目の結婚をしてからは、ひとりの女性も幸せにすることができなかった自分を省みて、「妻との夕食を最優先にする」「残業はしない」など、夫婦の時間を第一とする“愛妻家的働き方”にシフトしていきました。

そんな折、「妻という最も身近な赤の他人を幸せにする人が増えると、もっと世界が平和になるかもしれない」というビジョンと、群馬県の嬬恋村が山名さんの中でリンクします。嬬恋村には知人がいて、以前から足を運んでいたそうですが、特に地名に興味を持つことはありませんでした。今の奥さんと訪れるようになってから、その地名の素晴らしさに改めて気づいたのだそうです。由来を調べてみると、大和武尊(ヤマトタケルノミコト)が亡き妻を追慕して叫んだという伝説にたどりつきます。山名さんはその伝説を知人のキャベツ畑で再現するイベントを思いつき、すぐさま行動に移しました。

「果たして、日本に愛妻家がいるかどうかを確かめたい」という山名さんの思いつきから始まったユニークな社会実験。村の行政から依頼を受けたというわけでもなく、当然ながら予算はゼロなので、プレスリリースも山名さんが自ら作成して各メディアに送りました。その結果、なんと嬬恋村のキャベツ畑には、総勢50人にものぼる報道陣が集まりましたが、どれだけ待っても、妻に愛を叫ぶ男性は一人も来ません。報道陣は愕然としていましたが、山名さんにとってはあくまで実験です。「誰も来なければ、それはそれでかまわない」と思っていると、ひとりの男性が現れ、妻のいる前で思い切り真剣に愛を叫んだのです。「心から素直に感情を表すその姿は、あまりにも清々しく、キャベツ畑一帯が温かい空気に包まれた」と振り返ります。第1回のキャベチューには、その後5人の男性がやって来て、それぞれの愛を叫びました。

その翌日、ワイドショーがイベントの様子を報道し、読売新聞やジャパンタイムズ、ヘラルド・トリビューンに記事が掲載されました。1週間後にはCNNから取材オファーが来るなど、山名さんが企画したキャベチューはまたたく間に世界中に発信され、かつてない面白い取り組みとして注目されていきました。

愛妻家の聖地に、「伝説の愛妻ホテル」が出現!?

日本愛妻家協会の活動スタートから、今年で15年。今や、嬬恋村は「愛妻家の聖地」として広く知られ、全国各地から訪れる夫婦で賑わっています。県によって整備された「愛妻の丘」には、地元の人たちが植えてくれた花々が咲き誇り、妻に愛を叫ぶ“叫び台”や夫婦が抱き合う“ハグ台”がつくられています。「みんなに喜んでもらえるコトを先に創る。すると、そこに予算が投入されていく。本当の意味で、社会や誰かの役に立つ公共事業とは、そういうものだと感じ入った」と話します。

1月31日といえば、愛妻の日。日頃の感謝を込めて、妻に花束やプレゼントを贈る日として親しまれていますが、実は、山名さんが1(アイ=愛)、31(サイ=妻)と語呂合わせしたものを日本愛妻家協会としてオフィシャルに発表したのが始まりです。この日を前に、日比谷公園(東京・千代田区)では、2008年からの5年間、日本愛妻家協会と日比谷花壇によるイベント「日比谷公園の中心で妻に愛を叫ぶ(通称:ヒビチュウ)」が、毎年開かれてきました。

2011年に開催されたイベントの様子は、朝日新聞の「愛妻新聞」広告特集として夕刊に掲載されたほか、ニューヨーク・ポスト(New York Post Online)で紹介され、98万PVを達成。「日本人の男性って、なんてキュートなんでしょう!」など、1万件もの好意的なコメントが寄せられました。

日本愛妻家協会の次なる野望は、嬬恋村の愛妻の丘のそばに、1日1組しか泊まれない“愛妻ホテル”をつくること。「設定は、微妙な関係の夫婦が一晩泊まると仲良くなり、手をつないで帰っていくという伝説のホテル。この架空のストーリーをみんなで開発していくプロジェクトチームをつくりたい」と山名さんは目を輝かせて話します。実現する日はそう遠くないのかもしれません。

妻に愛を叫ぶ“叫び台”から愛の告白をするワンシーン。お子さんにとっても忘れられない思い出になるのかもしれません。
出典: 日本愛妻家協会HP

公共空間≠交響空間。みんなでつくった「東京カンパイ自動車道」

2018年6月1日、外環道 三郷南IC~高谷JCTの開通の前夜に行われた「東京カンパイ自動車道」。半地下トンネル内の路上に200メートルのロングテーブルを設置し、3,000人の一般公募の中から選ばれた400人の参加者をはじめとする総勢800人が一斉乾杯するという壮大なこのイベント、ニュースにも多く取り上げられたので、記憶に新しい人もいるのではないでしょうか。実はこの仕掛人も、山名さんです。

ロングテーブルに集う参加者たち。子どもから大人まで笑顔がこぼれます。
出典: TOKYO KANPAI HP

「Dinner under the Finnish sky」は、フィンランドのヘルシンキ市内で、毎年6月12日のヘルシンキ・デーに開かれるお祝いイベントのひとつ。1,000人の市民が、交通規制をかけた目抜き通りのロングテーブルで公開ディナーを楽しむというものです。このイベントの様子をウェブ上で見た山名さんは、「とにかく、そこにいる誰もがとても幸せそうだったし、まちのプロモーションにもつながっている。日本でも道路空間を活用して、みんなで楽しめることができたらいいのになぁ」と思ったそうです。そうして実現したのが、東京カンパイ自動車道。現場監督や設計者、ガードマンなど、この現場に関わった現場関係者2,000人のポートレートを展示した写真展「俺の外環」も同時開催し、“外環道開通の縁の下の力持ち”の情熱と努力を称えました。

「道路も川辺も鉄道も、最も重要な社会の調和、いわば“社会のリズムのベース音”を創っているもの。それが社会に交わって響くという意味で、公共事業を“交響事業”という言い方に変えたらどうかと、常日頃から言っている。市民、企業、行政の熱意をつなげていけば、みんなで世界が驚く風景を創ることができるはず」と山名さんは熱く語ります。

次なる展開は、「東京ハイライン妄想会議」!?

「これは、今朝できたばかりの企画」と言って山名さんが見せてくれたのが、「東京ハイライン妄想会議」。さかのぼること、半月ほど前に、「ニューヨークのようなハイラインが、東京にあったらどうだろう?」という思いつきをFacebookに投稿してみたところ、まちづくりに興味のある主婦の人やニューヨークと東京を行き来しているまちづくりの専門家など、多種多様な人から「面白そう!」「妄想会議に参加したい!」というコメントが続々と寄せられました。

「“日本にハイラインをつくるべきだ!”ではなく、“あったらいいかもしれないよね”という風に、軽やかでハードルをつくらない感じの方が、人は興味を示してくれるし、ものごとが動きやすい」と話します。特に、話のスケールが大きいまちづくりに関して一番大切なのは、市民が主体的に動くこと。そうでなければ何も変わらないと思うからこそ、「市民の人たちと一緒に、いかにムーブメントをつくるかということばかり考えている。もう放っておけない状態まで盛り上がってきたら…その時は、クライアントも一員に巻き込んでしまう!」と山名さんは、少年のようないたずらっぽい笑みを浮かべて話してくれました。

ミズベリング、日本愛妻家協会、東京カンパイ自動車道、そして東京ハイライン妄想会議。一見すると、別世界のプロジェクトに見えるかもしれません。しかし、その根底には社会をより良くし、誰かの何かの役に立つために、「人々の好奇心を発動させたい」という山名さんの通底した熱い思いが根ざしています。人と人がつながることによって生まれる、筋書き通りではないエキサイティングな展開を垣間見た今回の取材では、ワクワクする瞬間が幾度もありました。まちや人に対して人一倍熱い想いを持ち、この世あらざるものを次々と実現している山名さんを前にして、好奇心発動スイッチがONになったのかもしれません。みなさんはどのように感じますか。ご意見お寄せください。

山名 清隆(やまな きよたか)
(株)スコップ代表取締役社長/ソーシャルコンテンツプロデューサー
1960年静岡県生まれ。EXPO85日本政府館ディレクター、米国フードトレンド情報誌U.S.FOOD JOURNAL編集長、テレビ朝日「東京ソフトウォーズ」番組キャスターなどを経て、広報企画プロデュース会社(株)スコップを起業。土木の広報からソーシャルデザインまで独自プロジェクトを創出。愛妻の日を提唱する夫婦環境保全運動「日本愛妻家協会」や褒めて首都高の事故を減らす「東京スマートドライバー計画」、水辺の活用を広める「ミズベリング」などユニークなソーシャルムーブメントを進めている。東京大学、神戸大学、国土交通大学校で講義。日本愛妻家協会により平成20年度地域づくり総務大臣団体表彰を受賞。ミズベリング・プロジェクトにより2018年度グッドデザイン賞金賞受賞(経済産業大臣賞)
(株)スコップ | http://s-cop.jp/