人が見ている風景の中に居場所を作る

―「デュオヒルズ南町田THE GARDEN」のランドスケープデザイナー、熊谷玄さんに聞く

photo: 大野隆介-OHNO RYUSUKE

フージャースが過去に分譲したマンションに「デュオヒルズ南町田THE GARDEN」があります。2019年2月に竣工した東京都町田市の177戸のマンションです。コンセプトを『円と縁の園』として、マンションと提供公園※を一体的に計画しました。アプローチの「エントランスガーデン」、共用部の中庭に「サークルガーデン」、そして提供公園の「アリーナガーデン」の3つのガーデンは、それぞれに「円」をモチーフにしています。居住者だけでなく、近隣にお住いの方にも利用してほしいと考え、マンションの中と外が連続した空間として感じられるようにデザインしています。物件の開発ストーリーは「フージャースの、暮らしづくり」で紹介しています。

今回は、この物件の共用部分と提供公園をデザインした、ランドスケープデザイナーの熊谷 玄さんに、デザインに込めた思いをお伺いしました。

※提供公園とは、大規模なマンションなどで、居住者だけでなく周辺住民にも開放され、自由に使えるようになっている公園のこと。もともとはマンションの敷地の一部であり、それを市町村などの自治体に「提供」することからこう呼ばれる。


『縁』が育まれる日常の風景

今回の物件のランドスケープをデザインするにあたり、「誰の家の前でも人が交流しているような風景にしたい」という思いが、熊谷さんにはありました。
近年、駅前に大型商業施設ができるなどの再開発が進む南町田には、周辺以外からも多くの人が移り住み、新しいコミュニティが育まれます。
「新しい街では、豪華なエントランスのあるマンションより、エントランス前で子どもたちが楽しく遊び、人々が交流しているマンションの方が似合うと思いました」。
そして、熊谷さんは『街に開く』ことも大切にしました。
「エントランス前で子どもが遊ぶ風景が日常となり、居住者だけでなく、前を通りかかった子どもも一緒に遊んでいる様な、一瞬・一時、そこに立ち寄れるような場所にしたい」、そう考えていたそうです。
「街に開くことで、新しい『縁』が生まれます。『いつも公園で遊んでいるあの子は、うちの子と同じ年ぐらいかな』と気になり、なんとなく声を掛けて、自然と関係ができていく。そんな『縁』が生まれる日常の風景を作りたくて、マンションの共用部と公園に一体感が感じられるようなランドプランをデザインしました」。

デュオヒルズ南町田THE GARDENのコンセプトは、『円と縁の園』。『開くことで繋がる縁・オープンなガーデンの園・角がなく閉じない円』です。道路から自分の家に入るまでには、エントランスガーデンや中庭のサークルガーデンがあり、自然と声を掛けやすいデザインになっています。

マンションからエントランスガーデンと提供公園のアリーナガーデンを望む(2019年撮影)
アプローチのエントランスガーデン(2019年撮影)
中庭のサイクルガーデン(2019年撮影)
提供公園のアリーナガーデン(2019年撮影)

人を通して見る風景こそが、ランドスケープデザインの始まり

街に開くためには、子どもがキーワードになります。
「決して子どもを中心に考えているのではありませんが、子どもは大人のようにカフェに行くこともできず、行動範囲がとても狭いです。その子どもの活動範囲の中で、どれだけ受け入れられる場所になるかが重要になってきます。子どもが楽しいと感じ、遊びに行きたいと思える場所になれば、自然と街に開かれていくんですよ」と、熊谷さんは話します。

そして、熊谷さんが創るランドスケープデザインは、「人というフィルターを通して見る風景」だと話します。ランドスケープ(landscape)とは、直訳すると『風景』『景観』です。
「風景とは、人が見ているもの。人というフィルターを通して見る風景をデザインすることが、ランドスケープデザインだと考えています。デザインを描くときも、必ず人から描いていきます。その人は、『自分』ではなく『他人』です。自分が座って見ている風景、そこに他人がいても気にならない風景を描くところから、デザインを組み立てていくんです」。

この様にしてデザインされるランドスケープには、熊谷さんが意識している3つのポイントがあるといいます。

1つ目は、人が集まる場で、それぞれ全く違うことをしていても気にならない空間にすること。
「小さな公園では、低学年の小学生が遊んでいるところに、高学年のグループが来ると、低学年のグループは居づらくなりますよね。さらに、そこに中学生が来ると、高学年のグループが居づらくなる。この様に、より強い者が占有して使うというような空間ではなく、いくつかのグループがいても気にならない、他者を許容できる空間にすることが大事」。

2つ目は、ひとりになれる空間があること。
「例えば、辛いことがあった時にひとりになりたくても、ずっと独りで部屋にこもっていると、一層気持ちがふさぎますよね。ひとりになりたくても孤独は嫌。話しかけて欲しくないけど、周りに誰もいないのは嫌。という時があります。そんな時に、居場所となる一人だけど独りでない空間が街にあることが重要なんです」。

3つ目は、人が座る向きに気を配ること。
「向き合って座るのと隣り合って座るのでは、話す内容が変わってきます。意見を交わしたり対話したりと、きちんと話したいときは、向き合って座る方が好ましい。しかし、何気ない会話や、自分の話を聞いて欲しいときは、隣り合わせに座った方が話しやすいのです。ベンチの向きは人間関係を作るのです。L字型のベンチや丸いベンチだと、座る位置によって微妙な空間ができます。その空間が、横長のベンチよりお互いを認識しやすく、存在を感じやすくしています。ところが、遊んでいる子どもを見守る親同士の場合では、真横に座る方がいいんですよ。真横だと話をしながらも、子どもに注意が向きますが、向き合って座ると、子どもが気になって、会話が進まないのです」。

この物件の他に、この3つのポイントがわかりやすいプロジェクトとして、神奈川県横浜市のグランモール公園再整備プロジェクト(以下、グランモール公園)を紹介してくれました。

右photo: 奥村浩司(Forward Stroke Inc.)

この公園は、時間帯によって様々な人たちが空間を思い思いに利用しています。朝は小学生の通学路として、多くの子どもたちが駆け抜けて行きます。午前中は高齢者の散歩中の休憩場所であり、ベビーカーを押したママ友も集います。昼休みにサラリーマンが休憩し、午後には下校途中の高校生が談笑します。夜にはほろ酔い気分の大人たちが酔いを醒ましにやって来て、深夜には若者がスケボーの練習をしています。この様に、公共の場所を、時間帯や人によって使い分ける場所にすることが大事だと、熊谷さんは教えてくれました。

 

心地よい居場所を作る

グランモール公園のような計画は、広い場所があるからできることなのかと伺うと、「広さに関係なく、基本的には居場所作りだ」と、熊谷さんは言います。
「例えば、カフェなどにある大きなテーブルは、人々が好きな場所に座って思い思いのことをしています。テーブルをシェアしているのに、何故心地よいのかというと、初めからシェアすることがわかっているので、利用者が自然とマナーの良い振舞いができることが、その空間の居心地の良さに繋がっているのだと思います」。

また、テーブルだけではなくベンチにおいても、「単純なベンチでは、椅子としての用途しかないけど、ある人から見れば遊具、ある人から見ればベンチになる柔軟性の高いものをデザインすると、空間に混ざり合いを生みだし、ヒエラルキーを弱めることができます。そして、空間を囲むようにベンチがあると、中心に視線が集中し、お互いを監視しているかのように見えすぎて、居心地が悪くなってしまいます。ところが、空間の真ん中に円台のようなベンチがあれば、外を向いて座ることで、近くに人がいても視線が合わず、居心地がいいんです」と、人の行動と居場所作りの関係を話してくれました。

 

コミュニティを育むランドプラン

「デュオヒルズ南町田THE GARDEN」のエントランスガーデンや中庭のサークルガーデンは、人が必ず通るところに設けられています。
「行く理由がないと、人はそこには行きません。人は面倒くさがりでポジティブに動かないからです。ホテルのラウンジのように、日頃必ず通る所にその場所があることが、日常的に使われるためには何より重要なのです」と、熊谷さんは言います。

必ずサークルガーデンの前を通るように配値されています

「これまで数々のランドスケープデザインをしてきましたが、ハード(空間)だけでコミュニティを作ることには限界があると思っています。けれど、ハードのデザインが、居心地をよくして、コミュニケーションをとりやすくしてくれます。コミュニティづくりの手助けにはなると思っています。もしコミュニティマネージャーなどを置くことができ、その場所でイベントを行うことができれば、そこでの体験は深く人の記憶にとどまります。そして、次に会った時には、既に同じイベントを体験しているのでコミュニケーションを取りやすくなっています」と、教えてくれました。

この物件は、子育て世帯を意識した共用部になっていますが、15年もすると子育てしている人が少なくなります。
「ここで育った子どもたちが、『自分たちの生まれ育ったマンションは素敵な場所だった』と言えるような場所になればいい。そして住んでいる人々のライフスタイルの変化によって、共用部のデザインも選択し、変えていけるようなコミュニティが育っていることが理想です」と、熊谷さんは街やマンションの成長を見守っていました。

 

取材を終えて

フージャースでは、ハードの設計がコミュニティを育む手助けにならないかと考え、エントランスや共用部分の見直しを行っています。今回熊谷さんにお聞きした内容は、今後のマンションを考える際に、大変参考になるものでした。
3つのポイントもそうですが、「人はポジティブに動かないものだと考えて」という言葉も印象的でした。自分の生活に置き換えても当てはまることがあります。皆さんも日々の暮らしの中で参考になる部分はあったのではないでしょうか。

 

熊谷 玄(くまがい げん)

株式会社 スタジオ ゲンクマガイ(代表) https://stgk.jp/JP/

1973年横浜生まれ。ランドスケープデザイナー。
現代美術作家 Studio崔在銀のアシスタント、earthscape inc.を経て、2009年3月よりSTGK Inc. (株式会社スタジオゲンクマガイ) 代表。
ランドスケープデザインを中心に、人の暮らす風景のデザインを行なっている。
愛知県立芸術大学(2011年〜), 東京電機大学(2017年〜), 千葉大学(2018年〜)にて非常勤講師を務める。
一般社団法人ランドスケープアーキテクト連盟理事。