人口890人の村で『やりたい』を実現
副業と地方移住(前編)
副業と地域活性 取材記事 Vol.1
この1年で、働き方は大きく変わりました。在宅勤務が推奨され、通信技術の進化により、場所を選ばずに仕事ができるようになりました。また少しずつですが、副業の広がりも見えてきています。「副業と地域活性」(1月29日掲載)の記事では、副業には個人の目的に合わせて、4パターンありそうだということを書きました。特に、大都市で勤めている会社員が地方に移住し、副業をすることで、その意欲とスキルが地方に流れて行き、その地域が活性化するのではないかと考えています。
今回は地方でやりたかったことを実現する「WILL実現型」の杉山泰彦さん、有希さんご夫妻にお話を伺いました。前編、後編の2回に渡り紹介していきます。
杉山さんご夫妻は、2019年12月に東京から長野県根羽村(ねばむら)に移住しました。根羽村は、長野県南西部最南端に位置し、人口890人、高齢化率54%の村です。
杉山さんは、株式会社WHEREから根羽村役場に国の制度(総務省 地域おこし企業人)を使って出向し、村全体のプロモーション戦略を担当しています。また、副業として別の会社にも籍を置き、常時5~6件のプロジェクトを動かしているそうです。
今回は、杉山さんご夫妻に根羽村での暮らしぶり、働くとはどういうことか、そして働くことを通して実現したいことについて、お話を伺いました。
根羽村への移住のきっかけ
学生時代はイベントの主催に夢中だったという杉山さん。就職活動を控えて先輩たちを見渡したときに、学生時代と同じ熱量で働いていない様子を見て、「なぜ自分が幸せにならない道を、自分で選ぶのか」と疑問に思い、就職活動をしない選択をしました。それは、幼少期にアメリカで育ったことで、日本の固定概念を疑えたからできた選択だったと言います。
就職活動をやめ、インターン先でスポーツイベントを作っていた際に、たどり着いた結論が2つあるそうです。
「1つは、非日常のイベントを土日に行っても、平日にストレスをためる生活では、参加者の暮らしを変えることができないということ。もう1つは、イベント準備の仕事自体に大きな差はなく、誰と何をするかが、仕事の幸福感につながるということです。そんな時に、株式会社CRAZYという会社に出会いました」。
株式会社CRAZYは、オーダーメイドウエディングの会社ですが、「Style for Earth 地球の為に仕事をしよう 地球が喜ぶ仕事をしよう」というビジョンを当時掲げていました。杉山さんは、地球のために働くというビジョンに対して本気で取り組む人々に惹かれ、2014年に就職します。
その後、2015年に訪れた奈良県東吉野村で出会った大人たちが、東京の大人より楽しそうに生きている姿を見て、「日本人は、日本各地にある様々な可能性を知らずに、海外に憧れているところがある。日本各地のおもしろい文化や生き方を、伝えることができれば、違う生き方を選択できる人が増えるのではないか」と気づきます。この出会いが、後に杉山さんを根羽村に移住させるきっかけとなります。
そして東吉野村での気付きを経て、2017年の1月にCRAZYのメンバーと一緒に、株式会社WHEREを立ち上げました。
株式会社WHEREは、地方のカルチャーや生き方をプロモーションし、都会の興味ある人と地域を繋げるプラットフォームを担う会社です。その時のクライアントの1つが根羽村でした。他にも約20の地域に関わっており、東京に住みながら、月の半分は地方に出張する暮らし方を、2年ほど続けました。
「2年間の往復生活を経て、東京から行く側ではなく、受け入れる側になりたいと思うようになっていきました。自分自身がその地域で暮らしていないというリアリティのなさに、自己嫌悪を覚え、僕自身がもっと生き方を深めないといけないなと。奥さんにも暮らしを大切にした生き方をしたい、という思いがあったので、夫婦で長野県根羽村に移住することを決めたんです」。
有希さんは、「根羽村のおじいちゃん、おばあちゃんの生き方に惚れたことが移住を決めた理由です。村での不便さを嘆くことなく、そこにあるものの中で暮らす。そしてそれに喜びを覚えながら生きていて。自分たちが求めていた感性を持っているのは、根羽村の70歳以上の方々だなと。今引っ越さないと、この方々と同じ空気は吸えないと思い、2019年12月に移住したんです」と話してくれました。
村での暮らしが楽しくなるように村民の悩みを解決
そんな2人の姿勢を表すエピソードを3つ紹介してくれました。
①野菜のお裾分け便
昨年夏、コロナの影響で収穫体験が中止になってしまったおばあちゃんの野菜を買い取り、お裾分け便として全国に配送しました。リアルではないですが、購入者の感謝の気持ちを、SNSなどを通じておばあちゃんに届けることで、収穫体験以上の喜びを感じてもらうことができたそうです。https://uxj.jp/ux/maggy_002/
②ショートドキュメンタリー「トウモロコシと歩んできた、日々の証」
50年間トウモロコシを育てている平均80歳のおばあちゃんたちから、「もっとトウモロコシの良さを伝えたい」と相談を受け、収穫の姿を映像に残すクラウドファンディングを実施。結果、トウモロコシは1500本売れ、80万円以上の収益を上げました。また、「トウモロコシと歩んできた、日々の証 – 長野県根羽村 高橋地区」 というショートドキュメントを作ることができました。https://www.youtube.com/watch?v=tl899STTL6w
③ネバ婚
昨年実施した、村の独身男性を対象にしたオンラインの婚活イベントです。元々リアルで行っていた婚活を、オンラインで行ったもので、このイベントをきっかけに根羽村への移住を検討している人もいます。
「移住に興味を持ってくれた女性は、東京でリモートワークをしながら、一人で忙しない日々を過ごしていた女性でした。相談を受ける中で『自分が疲れていることを認めたほうがいいですよ』とアドバイスしたことが、彼女に刺さったみたいで。表面的ではなく、人と人のつながりを大切にしながら、生きることによって生まれてくる村での循環(めぐり)が、彼女が思っている暮らしへの共感を呼んだのだと思います」と杉山さんは言います。https://nebamura-konkatsu.studio.site/
成功体験こそが村民の成長
根羽村に住んでみると、どの人も村が好きで、村に誇りを持っていること、そして村を良くしたいという思いはあるものの、やり方がわからないため諦めていることが分かってきたそうです。
「僕は、根羽村を活性化させたいと思っているわけではないし、村長でもないので、村民を幸せにする義務もありません。だから、できることや、やりたいことをやる。その時に周りに敬意を持って、根羽村の良さを活かしながら何かをする、というスタンスを大切にしています。
村で仕事をするときは、プロジェクトデザインが一番の要です。課題とやりたい事を融合させたプロジェクトを作って、WIN-WINになるように村内、時には村外とも繋ぎます。今では、村の人のスキルも上がり、活気が付いたように感じますね。できないと思っていたことを、相談してくれたり、自分で勉強会に参加したりする人も増えています。こういった動きの成果が、最近の盆踊りにもあらわれているんです」。
杉山さんがそう語るのは、村で代々続く盆踊りの取り組みです。
2年前、公民館に集うメンバーから「盆踊りが盛り上がると、帰省する人も増えて、村が盛り上がると思うんだけど」と相談を受け、盆踊りを盛り上げるプロジェクトを実施しました。盆踊り当日に向けて、学校の授業、老人クラブや木工クラブなど、村民全体を巻き込んで会場まで続く竹灯籠の道を作ったり、中学校では、出店の企画と当日の運営を総合学習の授業として行いました。また当日は、東京の美容師さんに協力してもらい、ヘアメイクサービスも実施したそうです。結果、盆踊りは大成功となり、これが若手メンバーの初めての成功体験になったそうです。https://www.youtube.com/watch?v=u6ThUHZ4QIo
「去年はコロナの影響で盆踊りは中止でしたが、代わりに何ができるかを考え、スポーツ新聞風の号外を作って、根羽村で起きていることを記事しました。裏面には、『ザ・根羽ビジョン』というケーブルテレビの番組表を作り、根羽に帰って来た人がステイホームだけど楽しめるものになりました。ほとんどのことを、盆踊りプロジェクトを仕掛けたメンバーが中心となって実行したんです。みんなの行動の変化を実感しましたね」と杉山さんは笑顔です。
「僕がしたことは、それぞれの『やりたい』を聞き、どういう規模感か、どのくらい時間がかかるのか、費用はどのくらいか、その『やりたい』に関わる人々の『やりたい』が何かを客観的に整理してあげたことです。例えば、費用の持ち出しがあってもやりたいのかどうか。費用はどうすれば集まるかを一緒に考え、プロジェクトを作り、実現までの戦略を作っただけなんです」と話してくれました。
杉山さんご夫妻にとって、根羽村での暮らしそのものが、自然と根羽村の良さを引き出すことにつながり、村民の成功体験が村民の成長、村の活性に結びついているように感じました。
後編は、地方での暮らしと副業について紹介します。
杉山泰彦(すぎやまやすひこ)
株式会社WHERE/一般社団法人ねばのもり/株式会社 文殊の知恵
1991年生まれ。小中時代、アメリカで過ごす。慶應義塾大学卒業後、スタートアップベンチャーに入社し社長直下チームのもと採用・マーケティングを主に担当。2017年より新規事業として地方創生事業の創業メンバーで参画。2年間で20地域に企画営業から納品まで行なった後、2018年12月に移住。地域おこし企業人として、村全体のPRブランドづくり、地域資源を活用した事業づくりを担当している。
杉山有希(すぎやまゆき)
根羽村移住コーディネーター
1990年生まれ。新卒で東京都庁へ入庁。人からの評価や組織に合わせた人生ではなく、自分の意志で生きる人を増やしたいと思い、当時30人規模の株式会社CRAZYへ転職。CRAZY WEDDINGにて、結婚式当日までのプロジェクト管理等を200組以上担当。2017年には自身の結婚式をCRAZY WEDDINGで挙げる。2019年4月より根羽村移住コーディネーターとして、移住者の増加を目的に、女性(ママ)視点で住みやすい環境づくりを目指し活動中。2019年夏に第一子を出産。