はたらくことは生きること いきいきと堂々と人生を生きる「ありがとうファーム」のメンバーたち

【表町商店街コロナインタビュー vol.2】ありがとうファーム 木庭寛樹さん

表町商店街のちょうど真ん中、多くの人が行きかうその場所に、いつも開放的で笑い声にあふれている場所があります。就労継続支援A型事業所の「ありがとうファーム」です。
「毎日が吉本新喜劇のように明るい」というこの場所は、障がい者(以下、メンバー。ありがとうファームでは彼らをメンバーと呼びます)が「いきいきと堂々と人生を生きる」ことを理念に、今年の6月で開設7年目を迎えました。
「障がいがあるから、何もできないわけじゃない」と、アートを切り口にメンバーの才能を開花させ、「アートは儲からない」という長年のジレンマと対峙しながら、アートでお金を生み出しつつ、地域の子どもたちにアートを教えることで、メンバーの才能や子どもの成長というお金には代えられない価値を生み出し続けています。また、メンバーが働きやすいようにと、福祉事業所でありながら2015年から、テレワークを率先して実施したことで、全国から注目が集まっています。

今回は、「ありがとうファーム」の代表の木庭寛樹さんにお話しをうかがいました。

ありがとうファームとは

ありがとうファームは、障がいや難病を持っている人が、ある一定のサポートを受けながら働くことができる「就労継続支援A型事業所」です。ここには85名のメンバーと、22名の社員がいます。メンバーが抱えている障がいは身体障害をはじめ、精神障害、難病と様々。それぞれが持っているハンディキャップを社会が理解していないがゆえに、出来るはずのことが任せてもらえない現実に対して、「知ることは障がいをなくす」と、地域に開かれた事業所づくりを目指しています。
今、ありがとうファームではアートとサービス業という2本柱で、様々な事業に取り組んでいます。
アート部門では、メンバーが描いた絵を企業に月1万円程で貸し出す「レンタルアート」や、道路工事の立て看板のデザイン、地域の子どもたちに、アートを楽しめる場を提供する「ファミリーアートパーク」という工作ワークショップを実施しています。ファミリーアートパークには、年間1000人ほどの小学生が参加するというから驚きです。
最近では、これらの事業に追加して、新たに「HUB Labo」という構想も生まれています。これは、イタリアで生まれた「レッジョ・エミリア・アプローチ」という探求心や自主性を養う、世界的にも注目されている教育手法を用いて、企業から出る廃材をストックし、それを子どものアート作品づくりに生かす活動です。廃材が、子どもの発想力やコミュニケーション力、参加している企業や地域、人をつないでいくことから「HUB Labo」と名付けました。その他にも、1年間の調査・準備期間を経て、犬島をバリアフリーアイランドにして、ハンディキャップの子どもと、健常者の子どもが、島で平等に物づくりや自然を体験するイベントも来年実施予定です。どちらも今後が楽しみな活動です。
サービス部門では、表町商店街で「ありがとう 焼うどん」や、天満屋のフードコートに「ありがとう 温たま丼」という飲食店を営んでいます。福祉事業所が一般企業と同じ土俵で飲食店を営むことは、全国でも非常に珍しい取り組みで、ここにも「知ることは障がいをなくす」という木庭さんの強い思いが感じられます。

「社会のためになりたい」、専門外からのスタート

代表の木庭さんは、大学卒業後、福祉とは全く関係がない土木工事の現場監督からキャリアをスタートさせ、瀬戸大橋の建設にも関わっていたそうです。その後は、40歳で建築と広告の代理店を立ち上げ、コンサル事業等を経て、2014年6月1日、53歳で「ありがとうファーム」を立ち上げました。
福祉を仕事にしたことはなかった木庭さんですが、息子さんに重度の障がいがあったこともあり、「社会のためになりたい」と福祉事業を開始。中でもアートは、最初から取り組みたいと考えていた事業でした。同じA型事業所でアートに取り組んでいるところもありますが「お金にならない」という課題に直面しているところが多く、メンバーがアイデアあふれるアートを生み出しながら、それをお金に結び付けることにチャレンジしたいと、アートに取り組むことに決めたといいます。

ハンディキャップを超える才能

「ありがとうファーム」には、自分が得意なことや、やりたいことに挑戦できる環境があります。そのため、初めての人でも、アートにチャレンジできるそうです。
「工事看板を書くメンバーは、同じ絵を何度も、何度も描きます。ずっとやっていると次第に上手くなって。この根気は私たちには真似できません。絵がうまくないメンバーも、もちろんいますよ。でも、彼は愛される絵を描きます。しかも、「絵を描くだけでは、会社の役に立たない」と言って、アートの仕事に追加して、テナントの皿洗いもしてくれています。でも、本当に皿洗いが下手で…まあ、それも面白いので、毎日が吉本新喜劇ですよ」と木庭さんは笑います。メンバーの才能を築いて、そこに道をつくる。失敗しても、次のチャンスを豊富につくって、それぞれの障がいの特性を理解し、常に適材適所で働けるようにしておくことが大切なのだそうです。
そして、それをさらに具体にしようと、2019年には事業所内で事業企画コンペを実施しました。自分の夢を事業にし、それをメンバーの仕事にする取り組みです。100名ほどのメンバーと職員の前でプレゼンテーションをした企画の中から、雑貨店・クレープ屋・大人の漫画塾・ぼくらのひみつきち(子ども向けの遊び場)の4つのアイデアが採用。今ではありがとうファームの大切な事業へと成長しています。メンバー自ら仕事を生み出し、社会の中に飛び込む。それが、どこまで通用するかを試す大きなチャレンジです。

商店街にあえて開設する

福祉事業所を商店街に開設する必要は、とくにありません。しかし、木庭さんはあえてこの場所を選んだといいます。「今行っている飲食の事業や、カフェ、囲碁サロンは、地域の人のためにやりたいと思っていたので、商店街に開設しようと思いました。でも、それ以上に、メンバーと地域の人が対面で仕事ができたらと思い、商店街に開設することに。こういう施設は存在を認めてもらうことが、とても大切です。100人もいる大所帯なので、良い意味で商店街の中でも勝手に目立って。地域の人もこの場所の存在を認めてくれて、仲良くやっていますよ」と、嬉しそうに話します。
そして、2022年に新たに開館する新岡山市民会館を見据えても、「駅前のイオンで若者が遊んでいるような賑わいが表町商店街にできるとは思いません。でも、市民会館が完成したら、文化やアート、音楽といったものから多様性を認め合うSDGs商店街になってほしいと願っています。そうして、ありがとうファームにも人が来てくれるといい。そんな風に表町商店街のことを見ています」と期待を語ってくれました。

テレワークへの取り組み

そんな「ありがとうファーム」ですが、働き方の工夫でも、全国の企業や事業所から注目されています。
「ありがとうファーム」には、精神障害やパニック障害をもっているメンバーが多く、通勤の負担が大きかったため、2015年という早い段階でテレワークを開始しました。スマートフォンのスカイプとチャットで仕事を進め、スマートフォンがない人にはメールで連絡をとり、勤怠管理や作業進捗の把握を行っています。通常でも15名ほどのメンバーがテレワークを利用していましたが、新型コロナウイルスの影響で約7割の人が在宅勤務へと切り替えました。
実はこの取り組みは、身体的な負担の解消だけでなく、事業所の経営やメンバーの給与を救う取り組みにもなっています。通常、事業所は厚生労働省から給付金を受けて運営をしていますが、利用者が勤務していることが給付金申請の条件となっています。そのため、新型コロナウイルスで勤務が出来なくなることは事業所の存続と、メンバーの給与を脅かすものでした。しかしテレワークの採択によって、勤怠履歴と成果を事業所で管理をすれば、この条件がクリアできるため、ありがとうファームでは、給付金の申請が可能になり、この状況下でも変わらずにメンバーの生活と仕事を守ることができたのです。
「テレワークで助成金を受けるにあたり、各自の勤怠管理や品質管理、能力開発支援等の記録を提出する必要があります。これを作成したり、管理するのは非常に手間がかかることなので、他の事業所では在宅に切り替えることができないでいました。新型コロナウイルスの難局をみんなで乗り越えるために、4月下旬から培ったノウハウを全国の事業所にレクチャーすることを始めています」。
テレワークだからといって、作業の質が落ちるわけではありません。メンバーは通所している時と同じように、画材を家に持ち帰りアート制作をしたり、編み物作品を作ったりしています。福祉のルールで週に1度は必ず出勤しなくてはいけないため、その際に完成品のチェックを行っているそうです。
この取り組みは国にも認められ、2016年、名だたる企業とともに総務省テレワーク100選企業にも選ばれました。新型コロナウイルスが拡大するなか、全国の事業所からレクチャーの依頼は後を絶ちません。

コロナで変わる価値のベクトル

新型コロナウイルスが収束したあとの世界について、木庭さんはこう語ります。
「コロナで生活慣習ががらりと変わると思います。例えば、都会より田舎のほうが面白いんじゃないだろうかとか。社会が儲けることから、世の中のために何かすることが面白いということに気づくタイミングがきたように思います。事業所のメンバーは、週5日の勤務と障がい者基礎年金で月13万5千円(岡山県の生活保護の最大支給額と同じ金額)を基本給として稼いでいます。私はこの金額で楽しく暮らそうと伝えています。レンタルアートをしているメンバーは、売り上げの7割が自分に入ってくるので、もちろんそれ以上稼いでいる人もいますけれどね。お金のためにたくさん働くのではなく、限られたお金の中で楽しく生きていけたら良いですよね」。
もちろん新型コロナウイルスの影響は、ありがとうファームでも小さくはありません。特にサービス部門では100万円単位で売り上げが落ちているといいます。でも、それも全て包み隠さずメンバーに伝えることで、みんなで知恵を出し合ってUberEatsならぬ「アリガトウイーツ」という宅配事業を始めました。想像力を膨らませ、課題を解決するのにメンバーと職員の垣根はありません。
長期の目線で考えると、今後は、自分たちが生み出したサービスを企業のCSRやSDGsはもちろんですが、「障がい者のために買う」ではなく「良いものだから、何度でもほしくなる」という循環に変えていくことが次の目標です。そうすることで木庭さんの言う、限られたお金の中で豊かに暮らす社会が叶えられていきそうです。

目の前のことに正面から向き合って、寄り添う

インタビューの最後に、木庭さんがコロナで始まったメンバーの新たな取り組みを教えてくれました。
「ありがとうファームにはグリーンハーツというコーラスグループがあります。彼らは、障がいを持っていない人でも落ち込んだり、苦しんだりすることがあるから、それを救おうと週末にYouTubeライブを始めました。彼らの存在は、障がいを持っていない人を超える力を持っているんです」。ともに生き、人生を楽しむ上で一番大切な「相手を思いやる心」に障がいは関係ないことを、改めて感じるエピソードでした。
今回のインタビューでは代表の木庭さんをはじめ、職員の深谷千草さん(アートディレクター)、木庭康輔さん(飲食サービス担当)、荒谷桃子さん(テレワーク担当)のみなさんにお話をうかがいました。インタビュー中、職員のみなさんから出てきた「毎日、真剣に遊んでいます」という言葉が非常に印象的で、障がいというと、どうしてもつきまとってしまうマイナスのイメージや厳しい環境を、メンバーや社員が楽しみ、楽しむための想像力には障がいや垣根はないことを教えてくれた貴重なインタビューでした。

ありがとうファームでは、今回のインタビューで紹介した事業の他にも様々な活動に取り組んでいます。ぜひ下記のホームページをご覧ください。
ありがとうファームHP | https://www.arigatou-farm.com/

本文中で登場したアリガトウイーツは、こちらから。

木庭寛樹(きにわ ひろき)
1961年生まれ、岡山市出身の59歳。
早稲田大学理工学部土木工学科卒業後、ゼネコンの株式会社大本組入社。瀬戸大橋工事に参加。同社のベンチャー部門「創プロデュース」にてデザイン・設計・企業広報を担当。その後、37歳で独立。設計事務所・デザインプロダクションを経て、41歳で人材事業「派遣・紹介・採用コンサル」、48歳の時に上記会社を売却後、フリーとなり「人材育成コンサル」を行う。そして、53歳になり、株式会社ありがとうファーム設立。現在に至る。