ミラツク
―人の成長の意味とクリエーション
西村勇哉さん
「既にある未来の可能性を実現する(Emerging Future we already have)」をテーマに、異なる地域や職種など領域を超えた協力を生み出し、イノベーションを通じて社会進化を加速することに取り組む「NPO法人ミラツク」。大企業の新規事業開発をサポートするプロジェクトを多数手がける中、人々の成長を促すための仕組みや「未来」を考えるための思考を育む場づくりに力を注いできました。組織の活性化と、その先にある人々の成長とは何か。ミラツクの活動を探るべく、西村勇哉さん(NPO法人ミラツク・代表理事)にお話を伺いました。
すべては、「イノベーションプラットフォーム」という場づくりから始まった
「未来をつくる」から命名されたNPO法人ミラツク。2011年の創立以来、西村さんは、「イノベーションを誰にとっても身近なものにする。オープンイノベーションを実現する」ための仕組みづくりに力を注いできました。その起点となったのが、人のつながりによるプラットフォームづくり。それは、起業家、企業、行政、大学、医療など、立場や地域の異なる人々が集まり、さまざまなテーマについて共に考え、新しいことを生み出すための場です。集まる人たちの共通点は、「何か新しいことをやってみたい」「課題解決したい」という自発的な意欲を持つ人たちであること。その輪は時を経るごとに広がり、今では3〜4万人が参加するイノベーションプラットフォームにまで成長しています。ここでは、テーマの異なるデザイナーと研究者が一緒になって新しい研究をスタートさせるなど、出会うことのなかった人たちが出会うことによって、新しいアイデアや創発的なコラボレーションが生まれ、地域の活性化や事業の創出につながるということが起きています。
「未来社会デザイン」という取り組み
西村さんは、未来型事業の立ち上げや未来の学び場づくりなど、未来起点による大企業の新規事業開発や人材育成の支援に取り組むかたわら、多分野のイノベーターが集まり、互いの「知」を共有するシンポジウムやフォーラムを開催するなど、年々、活躍の幅を広げています。中でも、近年、力を入れているのが「未来社会デザイン」という取り組みです。その発端となったのは、先のイノベーションプラットフォームを作り上げていく中で得たある気づきでした。
「どの領域にも、面白い人がたくさんいる。また、豊富な知見を持ち、新しい未来の構想を思い描く人も多くいる。インタビューやフィールド調査を通じて、それらの『未来の潮流』を集めデータベース化していけば、それぞれの人に直接会わなくても、起こりつつある未来の姿を見つける手がかりを、より多くの人と共有することが可能になる」と考えた西村さんは、これを実現するべく、ミラツクの研究員たちと共に実行に移していきました。
未来の潮流を集め、データベース化していくとは、具体的にどういうことなのでしょうか。例えば、新しい教育について取り組んでいる人がいたとします。10名、20名と話を聞いていくと、その人たちが何を考え、何を目指しているのかといったさまざまな傾向が見えてきます。そこにあるのは、個人的洞察や経験に基づく言語化されていない「暗黙知」と言えるものです。
ミラツクでは、まず、それらの知識を集積し、データ化し、分析・構造化することで、未来の兆候を見出していきます。誰から聞いた話なのか、どのような経緯で出てきた考えなのかという、知識の出どころや詳細が明確に分かるように、言語化してまとめ上げていくのです。そして、それらの情報をワークショップや企画開発などで使える“ツール”とすることで、さまざまな企業の、さまざまな分野における事業開発の基盤を築きながら、新たな事業を生み出すことをサポートしています。
「誰もが等しく持つことのできる情報基盤があれば、(誰もが)“発想の素”となる知識の幅を広げることが可能になる」と西村さんは言います。例えば、未来を考えようとした時、未来に対する知識がゼロの状態から始めるよりも、土台となる情報基盤がある方が、ずっと考えやすくなります。その知識の幅があればあるほど、その分野に精通した人がその場にいなくても、ある程度深さを持った話し合いができるようになり、ひいては、未知の事業に向けたアイデアを短期間に大量に生み出すことも可能になります。
「さらに先の起こりうる未来」を予測するための情報基盤を生み出す
ミラツクでは、未来の潮流のほかにも、未来社会デザインに取り組むためのさまざまな情報基盤の生成が行われています。その一つに、未来学者による46領域552項目の未来予測をデータベース化したものがあります。環境問題、経済、エネルギー、都市化、人工知能、ビッグデータなどの領域において、バックデータに裏付けられた未来学者の書籍などから要点を抽出・分析することで、独自の情報基盤を作り上げています。
例えば、ブロックチェーンの領域では、「最終的に6つのデジタル通貨だけが生き残る。米ドル、ユーロ、円、ポンド、人民元、ビットコイン」、宇宙の領域では、「レーザー干渉型宇宙アンテナを用いて、ビッグバン以前の時代を覗けるようになる」というように、科学者たちによる「起こりそうな、起こってもおかしくない未来予測」がまとめられています。
また、西村さんがイノベーションデザイナーを務める国立研究開発法人理化学研究所未来戦略室でも、ユニークな取り組みが行われています。ここでは、「科学者たちが見据える100年後の未来」をテーマに科学者へのインタビューを行い、現在の研究の先にある未来に実現するテクノロジーの可能性を抽出・集約し、情報ツール化しています。
「本来、勉強とは、その情報が必要な時に思い出すためにするものだが、すべてを覚えなくても、脳を外部化して置いておけばいい。こうした情報基盤を使えば、起こりそうな、起こってもおかしくない未来予測をもとに、さらに先の起こりうる未来を、大人数、短時間で構想するということが可能になる」と西村さんは言います。
「未来学」がオープンイノベーションに必要な理由
オープンイノベーションを実現するために必要な学びのひとつとして、近年、西村さんが注目しているのが、「テクノロジーの未来学」です。未来学と聞いて、ピンと来ない方がいるかもしれませんが、意外と私たちの身近にあるものです。時代によって、天文学や経済学など手法や呼称は異なりますが、未来学の概念そのものは紀元前から存在しています。例えば、医学は、命を守る対処のためのケガや病気を予測するために生まれた未来学です。「頭痛を放っておくと、こんな風に進展していくだろうから、治す必要がある。こうすれば治るかもしれない」と予測を立てて対処し、その結果を予測してまた対処に取り組むということを繰り返しながら、発展を遂げてきました。
これと同じように、テクノロジーの未来学は、これまでの傾向や現在のテクノロジーをもとに、これから先に生まれる未来のテクノロジーについて予測を立てる学問です。「テクノロジーは、何もないところから突然、画期的なひらめきによって生まれるのではなく、一定の法則のもと、積み重ねによって進化を続けている。その進化のスピードは、知識の蓄積と前のテクノロジーを用いて次のテクノロジーが生まれ続けることで常に加速し、複雑化する性質がある」と西村さんは話します。
「未来学がオープンイノベーションにとって必要」と西村さんが言うのは、未来のことでありながらも、きちんとした論理のもとに予測されたさまざまな未来の可能性を知ることができるからです。「テクノロジーの未来を考えるうえで大きなヒントになる」として、西村さんが挙げたのは、インテル創業者の一人、ゴードン・ムーアが1965年に提唱した「ムーアの法則」。「コンピューター内の半導体の集積率が、18ヶ月で2倍になる」という指数関数的な予測は、今日まで50年以上に渡って、半導体業界で実際に起こり続けてきた現象です。
この法則に則って、10年、50年、100年後の半導体の集積率が、どのように変化するかを計算すると、10年の間に、倍々を7回繰り返すことで性能は64倍になり、50年では171億7986万倍、100年では1垓4753京倍にもなります。実際に起こるテクノロジーの進化は、10年で10倍ではなく、64倍。50年で50倍ではなく1億7986万倍…と、人々の想像を絶する凄まじいスピードで起きていることが分かります。
今実現しているテクノロジーに目を向ければ、その先の未来に実現するテクノロジーを予測し、検討することはできます。しかし、ただの思いつきとして「こんなテクノロジーが出てくるだろう」という単純な想像だけをもとに未来を捉えると、その内容や時期を大きく見誤ってしまうことにもなりかねません。未来学を取り入れることによって、さまざまな未来の可能性を知ることができれば、その中から選び取ったり、それを基盤に考えを進めることも可能になります。
「未来のテクノロジー×社会」で、未来社会を構造的に予測する
ミラツクが取り組む未来社会デザインでは、こうした未来のテクノロジーの予測を軸としながら、「テクノロジーと社会の諸側面を掛け合わせて考える」ことで、未来社会の姿を構造的に構想するアプローチを行っています。例えば、未来のテクノロジーと住まいを掛け合わせると、未来の住まいのあり方について考えることが可能になります。考えを進めていくと、少しずつその断片のようなものが見えてきて、さまざまな可能性があることに気づきます。それらを集め、分析していけば、未来の社会は漠然とした遠いものではなく、検討や選択できる余地のある対象へと変わっていきます。
未来を完全に予測することは、現代の物理学では不可能だと考えられています。その意味では、未来はすべて不確実とも言えます。しかし、「未来の可能性の幅は、5年、10年と時間軸が伸びれば伸びるほど、広げられる。そういったものが、この世界にはまだたくさん眠っている。私は、現在の延長線上に想定しうる未来よりも、まだ掘り起こされていない未来の可能性に興味がある。どうすれば、それらを実現の方向に持っていけるかということに面白みを感じる」と西村さんは話します。
そうした考えのもと、未来社会デザインに取り組むためのさまざまな情報基盤を築き上げ、共創型のワークショップやプロジェクト伴走を行いながら、年間20社程度の大企業の新規事業開発のサポートを手掛けている西村さんは、こうも言います。
「イノベーションは、何か特別な才能を持つ人だけのものではなく、その実行に必要なパーツがそろえば、誰にとってもアプローチできるもの。その一助となるための仕組みや基盤づくりに、私たちは尽力している」
未来を起点としたイノベーション創出のための土台づくり。みなさんはどのように思いますか。ご意見お寄せください。
西村勇哉(にしむらゆうや)
NPO法人ミラツク代表理事
1981年大阪府池田市生まれ。大阪大学大学院にて人間科学(Human Science)の修士を取得。人材開発ベンチャー企業、公益財団法人日本生産性本部を経て、2008年より開始したダイアログBARの活動を前身に、2011年にNPO法人ミラツクを設立し、代表理事に就任。またその他に、国立研究開発法人理化学研究所未来戦略室 イノベーションデザイナー、大阪大学社会ソリューションイニシアティブ特任准教授、関西大学総合情報学部 特任准教授を務める。
特定非営利活動法人ミラツク | http://emerging-future.org/