モクチン企画

―木造賃貸アパートを魅力的にする「モクチンレシピ」
連 勇太朗さん

モクチン企画 代表理事の連さん
出典:モクチンレシピ

「モクチン企画」は、戦後、大量に建てられた木造賃貸アパートを重要な社会資源と捉え、多様な再生プロジェクトを実践しているNPO法人です。木造賃貸アパートを魅力的にするための改修ノウハウを凝縮したデザインリソース「モクチンレシピ」をウェブ上で公開し、誰もが使えるかたちで提供するなど、その活動は多岐に渡ります。設立7年目を迎えた今、木造賃貸アパートを活用した“つながりを育むまちづくり”はどのように発展を遂げたのか。モクチン企画のこれまでとこれからを探るべく、連勇太朗さん(モクチン企画・代表理事)にお話を伺いました。

木賃アパートを魅力的に改修する「モクチンレシピ」

ネット上で公開されている「モクチンレシピ」。部分改修から大胆な改修までバリエーション豊富。
出典:モクチンレシピ

通称・“木賃アパート”と呼ばれる木造賃貸アパート。かつて1970年代の東京では、都民の4分の1にあたる60万世帯もの人々が暮らしていました。都市部の急激な人口増加に伴い大量に建設され、戦後の住まいのインフラを支えてきた木賃アパートですが、現在は、老朽化や高齢化、耐震・耐火的な脆弱性、空き家問題など、さまざまな問題を抱えていて、「負の遺産」と言われることもしばしばです。

今もなお、山手線外周部を中心に木賃アパートや木造住宅が広く分布したエリアは、“木密”と呼ばれる木造密集市街地になっていて、東京23区だけでも20万戸以上の木賃アパートがあると言われています。

「木賃アパートが点在していることが、まちの活力を奪い、まちを空洞化させる要因になっているのは確かなこと。でも、発想を転換して、こうしたアパートを重要な社会資源と捉え、魅力的に再生させることによって全体の質を底上げすれば、同時にまちの価値をつくることにもつながると考えられる」と連さんは話します。

豊かなまちと生活環境の実現を目指して、連さん率いるモクチン企画が考案したのが、「モクチンレシピ」。料理レシピのように、木賃アパートを魅力的に改修するための具体的な方法をレシピ化して公開しているウェブサイトです。ちょっとした収納をつくる、床材を変えるといった部分的な改修から、間取りや外構に手を加えるような大胆な改修まで、多様なレシピがありますが、すべてに共通しているのは、「部分的かつ汎用性のあるアイデア」であること。

「木賃アパートの印象や住みやすさは、部分的に少しチューニングするだけで劇的に変えることができる。汎用性のあるアイデアなら、ひとつのアパートだけでなく、隣のアパートでも、というように誰でも使うことができる」と連さんが言うように、モクチンレシピは、不動産管理会社やアパートの家主など、木賃アパートを改修したいと考える人々に広く共有・活用されています。

レシピの組み合わせで、木賃アパートは素敵に生まれ変われる

「広がり建具」のレシピページ。実例とともに、「広がり建具」と組み合わせたレシピが一目でわかるようになっている。また、類似の実例も検索できる。
出典:モクチンレシピ

モクチンレシピで紹介している各レシピは、実際に改修した事例の写真と解説付きで、分かりやすく説明してあります。メンバーズ会員になると、図面や仕様書もダウンロードできる仕組みになっています。外壁の湿っぽい雰囲気、和室特有の暗いトーンの壁面など、木賃アパートが抱える課題を解決するために考案された改修アイデアの数々は、シンプルでありながら、実に革新的です。

例えば、「広がり建具」というレシピ。木賃アパートの特徴のひとつである“ふすま”は、光を通さず、視線をさえぎるので、部屋の印象が狭く暗くなりがちです。そこで、連さんたちが考案したのが、上半分が乳白色、下半分が透明になった木製建具。この建具をふすまの代わりに使うことで、上部の視界を適度にさえぎりつつ、下部では隣の部屋の床とつながっているように見えるので、部屋全体の奥行きや広がりが生まれてきます。

「改修をゼロから考える必要はない。複数のレシピを組み合わせれば、低予算で魅力的な改修を実現できる」と連さんは話します。不動産管理会社やアパートの家主たちが、モクチンレシピを組み合わせて自ら改修を行うこともあれば、モクチン企画に依頼が来て、最適な組み合わせを提案し、実際の改修に携わることもあります。その中で最も多いのが、家賃1~2年分の改修費で行うケース。ひと月の家賃が5万円のアパートなら、改修費は60~120万円といった具合です。

既存の良さをフルに活かして、コストをかけずに空間の魅力をつくる

暗い部屋を明るく見せたいという悩みに対して「ざっくりフロア」と「ホワイト大壁」を利用した部屋。すぐに入居者が決まった。
出典:モクチンレシピ

その一例として、連さんが見せてくれたのは、6畳2間の居室にキッチンが付いた築34年の木賃アパートの事例です。通常、下地材で使われる構造用合板を塗装して、そのまま床の仕上げ材として使う「ざっくりフロア」。壁だけでなく、ドア枠、回り縁など、ディテールの色味までしっかりとコントロールして、清潔感のある白い部屋をつくる「ホワイト大壁」。これらをはじめとする複数のレシピを組み合わせることによって、物件は魅力的に再生し、家賃は、改修前の56,000円から62,000円へと賃上げすることができました。募集開始から、わずか1週間で入居者が決まったそうです。

このアパートの入居者は、バーの経営者さん。アパートの表には、その方が所有する高級外車が停められています。「小さなアパートから、少し広めの賃貸マンションに移り、庭付き一戸建てを手に入れたらアガリという“住宅すごろく”的な考え方を持つ人は、かつてほどいない。ある一定のマーケットの中ではもちろん存在するが、これくらいの所得の人は、これくらいのところに住むという方程式のようなものは、なくなってきていると思う」と連氏。

ちなみに、入居者のターゲットは一切設定していないのだそうです。ターゲット設定をしてしまうと、世界観を統一しなくてはならないからです。「僕たちが大事にしているのは、いかにコストをかけずに空間の魅力をつくるかということ。それを実現するためには、既存の良さを最大限に活かす改修を行うことが重要」と話します。

使えば使うほど、アパートの質が高まる課題解決レシピ

モクチンレシピの特筆すべき点は、木賃アパートに潜んでいる課題を抽出・定義し、それらを一つずつ丁寧に解決するためのアイデアとしてつくられていることです。単にセンスを良くしよう、カッコよくしようといった価値観でつくられているのではありません。レシピの中には、木賃アパートの性能的な問題を抜本的に解決する要素が含まれているので、使えば使うほど、アパートの質そのものが高まる効果が得られます。

木賃アパートが抱える典型的な課題といえば、暗い北側に配置された廊下。壁には給湯器などの設備類が無造作に設置され、洗濯機や自転車など私物であふれた光景を目にしたことがあるのではないでしょうか? 廊下と玄関扉があまりにも直接的なため、居住者は外との距離をなるべく保とうと、廊下にモノを置くわけですが、その雑然とした状況こそが、近隣の住人から敬遠されるひとつの要因になっていました。

この課題を解決するために考案されたのが、「くりぬき土間」というレシピです。廊下側の壁の一部をくり抜き、各住戸の前に1.8mほどの土間スペースをつくることで、居室と廊下に適度な距離が生まれ、明るい光が射し込むようになります。室外機などの設備類は、土間スペースの側面に納めるので、すっきりとした印象に。さらに、玄関扉をガラス框戸やガラスの掃き出し窓にすることで、居室に光を採り込むことができるようになります。

このレシピを使えば、居心地の良い廊下に再生できるだけでなく、もうひとつ重要な課題を解決することができます。従来の耐震補強工事では、壁を補強するために小さな開口部をつぶさなければならず、「建物の耐震性は高まるけれど、室内は暗くなる」というジレンマがありました。くりぬき土間の場合は、玄関扉と土間スペースから光を採り入れられるので、そうした心配がなくなります。居室と居室の間の壁、つまり廊下側に耐震壁を配置することで、室内の明るさと耐震補強を同時に実現することができるのです。

提携プログラム、デザイン学校。モクチン企画の広がる輪

モクチン企画は、地域密着型の不動産管理会社や工務店との提携プログラム「モクチンパートナ―ズ」や、物件改修のノウハウを学べるデザインの学校「モクチンスクール」を開講するなど、近年ますます活動の幅を広げています。

モクチンパートナーズは、モクチンレシピをより効果的に使ってもらうための協働の仕組みです。連さんたちは、改修事業のブラッシュアップをサポートし、地域に根ざした事業を強化するお手伝いをしながら、有用な改修アイデアを広めていくことで、都市空間を更新するためのネットワークづくりに力を注いでいます。「地域に密着している多様な主体と手を結んでいくことで、まちに点在する木賃アパートをじわじわと魅力的に再生し、まちの価値をつくることに取り組んでいる」と話します。現在、首都圏をはじめ、北は仙台、南は福岡まで、全国24社のパートナー会社と連携し、さまざまなプロジェクトを進めています。

昨年秋に開講したモクチンスクールは、空室や空き家で困っている不動産会社や物件オーナー、工務店のためのデザイン学校です。全5回の講義を通して、空室対策に必要な分析力、提案力、発信力の3つの力を身につけていくことができます。「各回の授業は、講義とワークショップの2部構成。インプットとアウトプットを繰り返すことで、受講生の方たちが、改修ノウハウを自分化していくお手伝いをしている」と連さんは話します。

これからのモクチン企画

木賃アパートに限らず、連さんのフィールドは広がっている。京急線高架下に今年オープンしたKOCA(コーカ)もモクチン企画が手掛けている。
出典:KOCA HP

2035年には、人口の約半分にあたる4800万人が独身者になると言われる今、連さんは、「木賃アパートや空き家を使って、いかに住まいのセーフティネットをつくっていくか」という壮大な課題に取り組んでいます。明治大学理工学部建築学科の園田眞理子教授との共同研究では、バリアフリーの改修レシピの開発や、点在する空き家を持つ不動産会社と福祉関係のNPOや社会福祉法人をマッチングして、それらの物件を共同活用することを目指したプロジェクトが進められています。

「地域に点在する木賃アパートや空き家。これらの空間の質をうまくチューニングすることができれば、高齢者などの見守りのコストも下げられるし、生活保護受給者や障がいを持つ人の住まいのセーフティネットとして活用できるのではないかと考えている。今ちょうど、事業スキーム組み立てているところ」と連さんは近況を話してくれました。

閉じていた暗い廊下を開かれた環境へ。閉鎖的な物件を地域に馴染んだアパートへ。築53年の木造建物を光と風の入る心地良い住まいへ。モクチンレシピというツールによって、鮮やかに息を吹き返した建物たちは今、地域やまちとの新たな関係性を築き始めています。

木賃アパートに向き合う姿勢、改修レシピの届け方、あるいは、不動産管理会社やアパートの家主たちとの関わり合い方。モクチン企画の取り組みには、つながりを育む仕掛けが随所に散りばめられています。それらが伝播していけばいくほど、人と人、人とまちのつながりが生まれ、まちは豊かに育っていくことでしょう。みなさんはどのように思いますか。ご意見お寄せください。

連勇太朗(むらじゆうたろう)
NPO法人モクチン企画代表理事/株式会社@カマタ代表取締役/建築家
1987年生まれ。現在、NPO法人モクチン企画代表理事、慶應義塾大学大学院特任助教、横浜国立大学大学院客員助教。2012年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、2015年同大学大学院後期博士課程単位取得退学。2012年にNPO法人モクチン企画を設立、代表理事に就任。2018年1月11日に株式会社@カマタを設立、代表取締役に就任。
特定非営利活動法人 モクチン企画 | https://www.mokuchin.jp/